理化学研究所(理研)は5月13日、トポロジー特性と量子効果を融合させた革新的なエネルギー貯蔵デバイス「トポロジカル量子電池」を理論的に構築したことを発表した。
同成果は、理研 量子コンピュータ研究センター 量子複雑性解析理研白眉研究チームのショウ・テイ特別研究員、中国・華中科技大学の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
従来の化学電池とは大きく異なる量子電池は、量子特性を利用してエネルギーを蓄積・放出する点を特徴としており、大いに期待されているが、実用化には課題が残っていた。特に、非トポロジカルな光導波路での光子散逸による効率低下と、環境ノイズなどによる性能劣化が問題だった。そこで研究チームは今回、トポロジー特性(連続変形に対して不変な物質の性質)を活用して両課題を解決し、ミクロスケールにおいて前例のない高性能な「トポロジカル量子電池」の実現を目指したという。
今回の研究では、従来の非トポロジカル光導波路(光ファイバやマイクロ波用金属導波路など)をトポロジカル光導波路へと置換する新手法が採用された。トポロジー特性の導入は、エネルギー輸送の仕組みを根本的に変化させ、量子電池の実用化を阻んでいた性能上の課題を解決するとした。
今回構想されたトポロジカル量子電池は、いずれの構成でも充電器と電池は原子とトポロジカル光導波路に結合し、その結合を通じてエネルギーの充放電を実現する。実効性能低下問題の解決を示すため、トポロジカル量子電池は2構成に分類された。構成Iは充電器と電池が空間分離配置され、直接相互作用がない。一方、構成IIは両者が同位置に配置され、任意の強度の直接相互作用があるというものだ。
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トポロジカル量子電池の2つの構成。構成と主要な結果とは密接に関連している。(a)構成I:充電器(左:赤)と電池(右:青)の間に直接相互作用はなく、無散逸なトポロジカル光導波路において長距離の完全な充電が可能という特徴を持つ。(b)それに対し、構成II:充電器(赤)と電池(青)が同じ位置において任意の強度で直接結合することで散逸に対する免疫性が実現され、散逸のあるトポロジカル光導波路において短距離の完全な充電を可能にする。ここでは、青色のユニットセルがA(緑)とB(灰)の2つの副格子を含む。(b)における散逸免疫性は、A副格子に対する散逸に対して免疫を持つことを指す(出所:理研Webサイト)
今回の研究では、トポロジカル光導波路によるエネルギー輸送の仕組みを解明し、導波路のトポロジー特性が量子電池の実効性能を向上させる点も見出された。具体的には、二準位系をトポロジカル光導波路に結合させる新たな量子電池の設計を示し、解消子法で熱力学的性能が理論的に解析された。その主な成果と、それを支える物理的な仕組みは以下の通りだ。
長時間極限では、束縛状態のみが量子電池の蓄積エネルギーに大きく寄与することが判明。構成Iの無散逸なトポロジカル導波路が非自明な位相の場合、ほぼ完全なエネルギー伝送が生じ得ることが観察された。これは、自明な位相では2つのエッジ様状態の空間エンベロープが重ならず束縛状態が縮退し、充電器の励起が左端に局在してエネルギー伝送は完全に抑制されるためである。
一方、非自明な位相では、2つのエッジ様状態の空間エンベロープが重なり、束縛状態の縮退が破れる。その結果、励起は両端間で周期的に振動し、長距離での完全なエネルギー伝送が実現される。それに対し、従来の非トポロジカル導波路では、充電器から量子電池へのエネルギー伝送効率は最大1/4に留まるとした。
トポロジカル光導波路で光子損失を考慮すると、構成Iでは長時間極限でエネルギー伝送は完全に抑制される。一方、構成IIでは副格子片側の散逸があっても影響を受けず、エネルギーを完全に伝送可能なことが示された。この散逸免疫性は、充電器と電池の直接結合時に生じる2つの束縛状態(ダーク状態とトポロジカルにロバストなドレッシング状態)の共存に基づく。これにより量子電池は散逸に強く、短距離での完全なエネルギー伝送が可能となる。さらに、ロバストなドレッシング状態が無秩序にも強く、量子電池の性能を保護することが考えられるとした。
通常、量子電池の性能に悪影響を及ぼすとされてきた散逸だが、逆に一時的に充電パワーを高めるために利用できる可能性も発見された。その物理的仕組みは、散逸が徐々に強まり、ある臨界点を超えると量子ゼノ効果が顕在化し、一時的に充電効率が向上するというものだ。この発見は、「散逸は量子電池の性能にとって常に有害である」という従来の知見を覆し、散逸が有利なリソースとして活用できる可能性を示唆するとする。
最後に、トポロジカル量子電池の各種性能指標を包括的に解析し、特に量子電池が満たすべき充電プロトコルが解明された。さらに、異なる仕組みでの充電時間を詳細に検討し、蓄積エネルギーと充電時間の適切なバランスにより、長距離充電でも実用的な時間スケール内でほぼ完全な充電が可能であることが明らかにされた。
今回の成果は、量子電池の実用性能向上の基盤として、今後はナノスケール蓄電、光量子通信、分散型量子コンピューティングなどへの応用展開が期待される。加えて、トポロジカル効果を活用した蓄電設計は、高性能かつ環境調和型の次世代エネルギーデバイス実現の可能性を示す。特に、持続可能なエネルギーインフラの構築や近未来量子技術と融合した応用展開が期待される。
研究チームは今後、エネルギー蓄積上限をさらに高めるため、多重励起状態での量子的コヒーレント充電現象を数値的手法で探究する予定だ。同時に、トポロジカル材料や微細加工技術を活用し、今回の理論的発見を実験的に検証することも、今後の重要な展望としている。