東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)は9月24日、有機半導体単結晶を用いることで、小型で薄いにも関わらず高精度なイオンセンサの開発に成功したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の早川遥海大学院生(研究当時)、同・熊谷翔平特任助教(現・東京工業大学 物質理工学院 特任准教授)、同・竹谷純一教授(物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA) NIMS招聘研究員(クロスアポイントメント)兼任)、MANAの山下侑主任研究員(東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 客員連携研究員兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

IoT社会の実現に向けてセンサの小型薄膜化・軽量化・低コスト化が求められており、イオン濃度を電位差に変換して計測するイオンセンサもその1つとされる。イオンセンサには基準となる電位を与える参照電極が必要で、現在の半導体を用いたトランジスタ型イオンセンサにも、銀/塩化銀などを利用した参照電極が用いられている(銀/塩化銀電極では、酸化還元反応によって銀が塩化銀へと可逆的に変化する電位を示し続ける)。

しかし、現在の参照電極は試験管状の容器に溶液と電極を封入した立体的な構造が一般的であり、イオンセンサを薄膜化する際に妨げとなっていた。そこで研究チームは今回、有機半導体単結晶トランジスタを用いることで、参照電極を排除した高精度な薄膜型イオンセンサの開発を試みることにしたという。

半導体として機能する有機分子材料を用いた有機半導体は、その有機分子材料からなるインクを印刷するという低コストプロセスにより単結晶を得ることが可能。今回作製された電気二重層トランジスタでは、ゲート電圧の印加によって半導体の電位をシフトさせると、ソース-ドレイン電極間の電流値が変化する。この電位と電流値の対応を活用すると、逆に、電流値を読み取ることで半導体の電位を推定することができる。この方法には、安定なデバイス動作が前提となるため、従来のトランジスタでは実施することが困難だったという。

  • 今回開発された疑似参照電極として動作する有機半導体単結晶トランジスタ

    今回開発された疑似参照電極として動作する有機半導体単結晶トランジスタ。フィルム基板上に印刷プロセスにより形成された有機半導体単結晶が用いられている。画像左端の100円玉と比較すると、その小型さ、薄さがよくわかる(出所:JSTプレスリリースPDF)

それに対して有機半導体単結晶トランジスタは、優れた安定性を示すことが確認された。定常状態における16時間の測定では、電位の推定値の「ドリフト」が、0.5mV/hという小さい値であることがわかったとする。ドリフトとは、デバイスからの電流や電圧などの読み取り値が時間と共に変化していくことであり、この値が大きいほど、センサの読み取り値が本来示すべき値からずれてしまう。今回の0.5mV/hという値は、市販の銀/塩化銀からなる参照電極と同程度の安定性であり、作製されたトランジスタが疑似参照電極として動作したといえるとした。

今回開発された疑似参照電極動作では、半導体に電気が流れ始める電位を一定に保つ必要がある。これには構造の乱れや、それによって生じてしまう「トラップ準位」(半導体中のキャリアが捕らわれて停滞しやすい、本来よりも低いエネルギーの準位のこと)の影響が小さい単結晶を用いることが有効だ。それに加えて、水溶液中における動作では、半導体表面に保護層が必要となる。保護層にはイオンの化学的な吸着などを生じにくい材料を用いる必要があり、シリコン酸化物などの無機材料は不向きだ。今回用いられた単結晶では、半導体として機能する「π共役骨格」(単結合と二重結合が交互に連なった構造に見られる、非局在化した電子が存在する状態)を分子内のアルキル鎖が保護することで、優れた保護機能を有すると考えられるとしている。

  • 従来型と、今回のイオンセンサシステムの模式図

    (a)従来型と、今回のイオンセンサシステムの模式図。今回の研究では、有機半導体単結晶を用いた参照用トランジスタが基準電位を定義した。(b)代表的なトランジスタ特性。ドレイン電流を計測すると、半導体の電位を推定可能。(c)イオン濃度測定原理の模式図。センサ用トランジスタでは液絡にイオン選択膜が用いられている。2つのトランジスタの差動計測では、イオン選択膜が生じる電位差を評価することが可能。(d)トランジスタ差動計測から求めたカリウムイオン選択膜が生じた電位差の濃度依存性。ネルンストの式に近い応答が観測され、従来型の参照電極を排除した薄膜センサにおける高精度な計測が実証された(出所:JSTプレスリリースPDF)

さらに今回の研究では、開発された技術を用いて、カリウムイオン濃度のセンシングも実証されたという。トランジスタと測定対象の水溶液を仕切る「液絡」にイオン選択膜を用いたセンサ用トランジスタが作製され、それと参照用トランジスタの差動計測が実施された。参照用トランジスタの電流値が一定になるようにゲート電圧を制御すると、その半導体の電位は一定に保たれ、基準電位として作用する。その状況での差動計測ではイオン選択膜が生じる電位差を計測可能であり、実際にこの値はイオン濃度が1桁変わるごとに62mV変化したとする。これは、イオン選択膜などが生じる電位差とイオン濃度の関係を表した「ネルンストの式」から予測される応答に近く、高精度な動作であるといえるとした。

基準電位はあらゆる電気化学デバイス、センサにおいて重要な役割を果たしている。これを従来型の参照電極ではなく、有機半導体単結晶の薄膜を用いて定義する今回の技術は、さまざまな電気化学デバイス、センサの小型薄膜化、低コスト化に貢献することが期待できるとしている。