アリアン6の初打ち上げ

  • ギアナ宇宙センターを飛び立ったアリアン6

    ギアナ宇宙センターを飛び立ったアリアン6 (C) ESA - S. Corvaja

当初、アリアン6の最初の打ち上げは2020年に計画されていたが、開発中の問題のほか、新型コロナウイルス感染症の流行の影響もあり、4年以上の遅れが生じることになった。

その間に、アリアン5は2023年7月をもって運用を終えることになり、一時的とはいえ、欧州から大型ロケットが失われる事態となった。アリアン5からアリアン6へスムーズに移行できず、大きなギャップをつくってしまったことは、欧州の宇宙輸送の自立性確保という点からも、そしてビジネスの点からも、大きな痛手となった。

初飛行の構成はアリアン62で、実用的な衛星は積まず、質量約1600kgのおもりと、8機の超小型衛星を搭載していた。

アリアン6は日本時間7月10日5時ちょうど(ギアナ現地時間9日17時ちょうど)、南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターから離昇した。ロケットはブースターやフェアリングを次々と分離して飛行し、予定どおり第1段エンジンの燃焼を終え、第2段が分離した。

第2段エンジンのヴィンチも正常に点火し、1回目の燃焼を終え、第2段機体と搭載していた衛星は、地球を回る軌道に入った。

今回のミッションでは、ヴィンチは計3回に分けて燃焼する計画だった。2回目の燃焼では、軌道を変えたうえで衛星を分離する技術の実証が行われ、そして3回目の燃焼では、第2段を軌道から離脱させ、制御落下させるとともに、搭載していた2機の小型再突入カプセルを分離することになっていた。

こうした複雑な運用を可能にするため、アリアン6の第2段には「APU(Auxiliary Power Unit)」という補助動力装置が搭載されている。APUは、ロケットの推進剤である液体水素と液体酸素を少しだけ使い、ガス発生器で加熱し、ガスを発生させる。そして、そのガスを使うことで、タンクを加圧する。

また、そのガスを外に噴射することで超小型のロケットエンジン(スラスター)の役割も果たし、無重量環境でエンジンを再着火するために、推進剤をタンクの底に押しつけたり、位置や姿勢を制御して複数の衛星を分離しやすくしたりといったことにも利用される。

目新しい部分が少ないアリアン6にとって、このAPUはまったく新しい技術であり、世界的にも先進的なシステムである。他のロケットでは、タンクの加圧には別途搭載したヘリウムを使うことが多く、姿勢制御や軌道変更も窒素ガスやヒドラジンなどを使ったスラスターを使うことが多いが、アリアン6のAPUはそれらと比べ、軽量化や低コスト化に役立つ。

今回の打ち上げでは、APUは2回目まで正常に動作し、ヴィンチの第2回燃焼による軌道変更を行ったのち、打ち上げから1時間強後に衛星を分離した。ところが、3回目において、なんらかの問題が起き、動作が止まってしまった。APUが動かなければヴィンチの再々着火も不可能であり、最終的に第2段と、搭載されていた2機の小型再突入カプセルは、地球を回る軌道に残り続けることになった。

  • APUの想像図

    APUの想像図 (C) ArianeGroup

欧州の自立的な大型ロケット復活へ

アリアン6の初飛行は、100点満点ではなかったかもしれないが、十分に成功といえる成果を残した。

アリアン6は次の2号機から、アリアンスペースが運用を担当することが予定されている。また、欧州の各機関の衛星打ち上げをはじめ、米国Amazonの衛星ブロードバンド・システム「プロジェクト・カイパー」の打ち上げも18件受注するなど、すでに30件以上の打ち上げ契約を取り付けている。

ただ、これまでの開発の遅れにより、欧州の宇宙開発には大きな影響が生じている。

たとえば、今年4月には、欧州の衛星測位システム「ガリレオ」の衛星が、スペースXのファルコン9で打ち上げられた。本来、欧州の衛星は欧州のロケットで打ち上げるのが大原則であり、もともとはアリアン6を使うことになっていたが、開発の遅れによって打ち上げができず、一方でシステムを健全に保つために新しい衛星の打ち上げが遅れることは許されないため、苦肉の策としてファルコン9を頼ることになった。同様の打ち上げは今年後半にも予定されている。

また、6月には、欧州気象衛星開発機構(EUMETSAT)が、2025年にアリアン6で打ち上げを予定していた次期静止気象衛星を、ファルコン9での打ち上げに変更したことを発表した。同機構はその理由を明らかにしていないが、アリアン6の開発の遅れが影響したことはほぼ間違いない。

さらに、ESAの宇宙望遠鏡「ユークリッド」と、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発した雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」も、それぞれファルコン9で打ち上げられている。今年10月に打ち上げる予定の小惑星探査機「ヘラ」も、当初はアリアン6を使う計画だったが、やはり開発が遅れたことで、2022年の時点でファルコン9を使う決定が下されている。

アリアン6の打ち上げがひとまず成功したことで、今後はこうした機会損失は避けられる見通しだ。ただし、今回つまずいたAPUの問題の解決が長引くなどし、2号機以降の打ち上げや運用開始が遅れるようなら、事態はさらに悪化するかもしれない。

多くの困難を乗り越え、ついにアリアン6は誕生し、欧州の自立的な大型ロケットの復活に向け大きな一歩を踏み出した。かつてのアリアン5のように、欧州の宇宙開発を支えるワークホースとなれるのか、そしてファルコン9やH3をはじめとする他国の競合ロケットと商業打ち上げ市場で戦っていけるのか、その挑戦は始まったばかりである。

  • 飛行するアリアン6

    飛行するアリアン6 (C) ESA - M. Pedoussaut

参考文献

ESA - Europe's new Ariane 6 rocket powers into space
Europe's new Ariane 6 rocket powers into space - ArianeSpace
Ariane 6 - Arianespace
Ariane 6 MEDIA KIT
Ariane 6 - Arianespace