岩手大学は2月18日、ヒトを含めたほ乳類全般に見られる、受精前に卵子が活性化してしまうことで受精しても受精卵が正常に成長できないという現象に対し、タンパク質を分解する酵素の働きを阻害する物質「MG132」を用いれば、活性化を抑えられること、ならびに受精前に活性化した受精卵が正常に成長できない原因の1つとして、受精前に活性化した卵子は染色体が細胞質に分散するという異常が確認されたことを発表した。

同成果は、岩手大 理工学部化学・生命理工学科の金子武人准教授、同・中川優貴特任研究員らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

通常、卵子は受精して初めて活性化し、細胞分裂などが活発になる状態となり、胚として成長していくが、卵子の中には受精前に活性化してしまうものがあり、その場合はその後に受精したとしても正常に成長しにくいことがこれまでの研究から分かっている。

実験動物として一般的なラットは、受精する前に卵子が活性化しやすいという特徴があり、顕微授精を用いての体外受精の成功率は低いが、受精前での卵子の活性化を抑えることができれば、顕微授精の成功率向上につながることが予想されることから、研究チームは今回、ラットの卵子を用いて卵子活性化抑制法の開発および、活性化を抑制された卵子が受精した後の成長について調べることにしたという。

受精前の卵子について活性化の調査から、1時間ほどで活性化が起きてしまうことが判明したほか、この活性化した卵子に精子を受精させたところ、受精はしたものの、その後の受精卵の成長は見られなかったという。

そこで、受精前の卵子の活性化を抑える方法についての研究を進めたところ、タンパク質を分解する酵素の働きを阻害するMG132を用いることで、活性化を抑制できることを発見。MG132を添加した培養液で培養した受精前の卵子は、1時間経過しても活性化する様子は見られなかったという。

また、この卵子と精子を受精させたところ、その後の成長が向上することも判明したほか、受精卵を雌の卵管・子宮内に戻した結果、正常な胎児に成長することも確認された。

さらに、受精前に活性化した卵子と活性化が抑制された卵子について、染色体配列の観察を行ったところ、受精前に活性化した卵子においては、染色体が細胞質内に分散するという異常が発生することが判明。一方、活性化が抑制された卵子においては、染色体が細胞質内で分散することがないことを確認したという。加えて、MG132により活性化を抑制することが、同時に染色体の分散も抑制するということが観察されたとのことで、これは受精前に活性化した卵子においては、受精はするものの、染色体が分散してしまい、その後の細胞分裂が正常に行われず成長が停止してしまうためであることが考えられると研究チームでは説明している。

なお、研究チームによると、ラットはゲノム編集技術により多くの系統が研究に用いられ、その遺伝資源はフリーズドライ精子などで保存されているものの、その顕微授精による成功率は低かった。今回の研究成果を活用することで、卵子の活性化抑制により、成功率を向上させることが期待できるとするほか、受精前に卵子が活性化してしまう現象は、ラットのみならず、ヒトを含めたほかのほ乳類でも確認されていることから、今回の研究成果は、ほ乳類全般の新たな体外受精技術の開発および不妊症の解明、さらには絶滅危惧種の人工繁殖への応用へとつながる可能性があるとしている。

  • 染色体

    MG132添加の有無における細胞質内の染色体 (出所:岩手大Webサイト)