アステラス製薬は1月21日、同社が取り組むDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略に関する記者説明会を開催した。

アステラス製薬がDXに取り組む理由とは

初めに、アステラス製薬の代表取締役副社長を務める岡村直樹氏がDXに取り組む理由について述べた。同社では「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える」をビジョンとして掲げているが、岡村氏はこの「価値」の部分を改めて定義したいと切り出した。

  • アステラス製薬 代表取締役副社長 経営戦略・財務担当 兼 戦略実装担当 岡村直樹氏

同社ではハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター氏の定義を流用し、患者にとって重要な「アウトカム」を分子に、同社を含むヘルスケアシステム全体が負担する「コスト」を分母に置いた式を同社では「価値」と捉えているのだという。

この式にのっとれば、アウトカムを増やすことで価値を増大できるのはもちろんのこと、アウトカムの総量は変わらずとも負担するコストを減少することによって価値を増大できる。

  • アステラス製薬が定義する「価値」とは

同社は昨年5月に発表した「経営計画2021」の中で、同計画を達成するための要の一つとしてDXを掲げている。データに基づく経営を目指す中で、AI(Artificial Intelligence:人工知能)やロボティクスなど革新的な技術を活用したプラットフォームの開発を進める。新しい価値の創造のみならず、生産性の向上やサイバーセキュリティのリスクに備えることで、ペイシェントセントリシティ(Patient Centricity:患者中心の医療)に寄与することを狙っている。

このように、デジタル技術を利活用して患者への価値を最大化するべく、同社はDXに取り組むのだという。

  • アステラス製薬がDXに取り組む理由

DXで患者への価値を最大化する具体的な取り組みとは

続いて、同社の情報システム部長を務める須田真也氏が具体的なDXの取り組みについて述べた。

  • アステラス製薬 情報システム部長 須田真也氏

同社のDXを担う主な部門は「情報システム部」「AIA(Advanced Informatics & Analytics)部」「Rx+事業創生部」の3部門だ。前者2部門が既存ビジネスの革新を担当する。情報システム部は既存業務にITツールなどを導入してデジタル基盤を刷新し、AIA部は高度なデータ分析や機械学習などを活用して知見を生み出すという。

創薬の段階においては、疾患の原因となる標的分子に結合する化合物を効率的に探索する作業が重要だ。同社ではこの段階にAWS(Amazon Web Services)のコンピュータリソースと機械学習を導入することで、従来は1年から2年程度を要していた化合物探索を、最短で1週間から2週間ほどまで短縮できることを確認したという。

  • 大規模バーチャルスクリーニングのイメージ

臨床試験段階のDXの例として、同氏はDCT(Decentralized Clinical Trials:遠隔治験)を紹介した。臨床試験(治験)は医薬品が安全かつ有効であると示すために重要な段階であるが、患者にとって臨床試験への参加は負担となり得る。そこで同社は3年から5年後の目指す姿として、臨床試験への参加同意からデータ収集、ePRO(Electronic Patient Reported Outcome:電子的に取得する患者報告アウトカム)、医師や医療スタッフとのコミュニケーション、患者日誌などを同一のスマートフォンアプリまたはプラットフォーム上で完結できる仕組みを示している。

将来的には、自宅など患者の日常生活の中でデータを取得し、医師の診察などもオンライン上で実施できるような世界観を見据えるとのことだ。患者の負担を軽減することで被験者募集の期間を短縮するとともに、臨床試験期間中の途中脱落を防止して医薬品開発を効率的に進めるという。

  • DCTの取り組みの例

マーケティング領域では、オムニチャネルコミュニケーションに取り組んでいる。近年は新型コロナウイルス感染症の影響などもあり、対面での医療関係者とのコミュニケーションが困難である。そこで、同社ではオンラインMR(Medical Representatives)や、24時間稼働するチャットボット「Collabot」を通じて、タイムリーな医療者への情報提供を実践している。

こうしたデジタルソリューションは、医薬品を海外展開する際にも有用なのだという。ある製品に対応したチャットを一度構築できれば、ほかの言語への転用や現地の法令への対応が容易となる。新しい国で医薬品を展開する際に現地のMRを教育するコストを補完する手段になり得るとのことだ。

  • アステラス製薬が展開するオムニチャネルコミュニケーション

また、医薬品の販売によって製薬会社の役割が終わるわけではない。薬が世に出た後、患者が薬を使用している間に発生した副作用を含む患者にとって不都合な出来事や有害事象、安全性情報を収集する必要があり、これを「ファーマコヴィジランス業務」と呼ぶ。

同社は同業務にもデジタル化ツールの導入を検討しており、すでにフェーズ1として安全性情報の取得からデータベース登録までの作業の自動化に成功している。5年後には同業務のすべての段階にシステムを導入する予定であり、年間数億円規模の経費削減効果が期待できるとのことだ。

ファーマコヴィジランス業務は患者の安全性に直結し得る業務であり、自動化によって高精度かつ短時間で遂行できるようにすることは、同社にとっても大きなインパクトを持つとしている。

  • ファーマコヴィジランス業務の自動化イメージ

医薬品の創薬段階からサプライチェーンまでの一連の業務を横断する業務プラットフォームとして、同社は「Apple」を構築している。これは、今まで各地域ごとに存在していた社内業務システムをグローバルで統一するプロジェクトである。これにより、グローバルで共通するマスターデータやオペレーションを集約し、全社で統一された資産を蓄積できるようになったという。

MicrosoftのAzureを用いてクラウド上への統合が完了しており、より高精度な経営資源の将来予測に寄与しているとのことだ。

  • 「Apple」のイメージ

サイバー攻撃の脅威が日ごとに増す中で同社は、侵入があった際になるべく早く検知して封じ込め、早急に復旧する「サイバーレジリエンス」の強化に注力するという。特に近年のコロナ禍ではリモートワークの導入が進んでおり、EDR(Endpoint Detection and Response:エンドポイントセキュリティ)の導入を進める。

同社はEDRについてもグローバル単位で導入しており、24時間365日の体制で対応可能な状況を構築している。マルウェアなどを検知した際には、日本であっても海外であっても同様の初期対応を迅速に取ることが可能とのことだ。

  • アステラス製薬のセキュリティ対策