帝京大学は8月6日、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の真菌叢(キノコ、カビ(菌糸状)、酵母などの真核微生物の集合体)の経時変化を、2008年3月の打ち上げ前から約7年間にわたって解析した結果、きぼう船内ではヒト由来の真菌が優占種となる群集を構成していること、機器表面の真菌数は増加中ではあるが空気清浄機が正常に稼働しているため、培養可能な状態の真菌は船内に浮遊していなかったことを明らかにしたと発表した。

同成果は、帝京大 医療共通教育研究センターの佐藤一朗講師、同・山崎丘講師、同・医真菌研究センターのアレシャフニ・ムハンマドマハディ助教、同・西山彌生非常勤講師、同・副センター長の槇村浩一教授らの研究チームによるもの。詳細は、微生物と宿主の免疫学、生物学などを対象とした学術誌「Microbiology and Immunology」にオンライン掲載された。

ヒトの生活環境にはさまざまな真菌が生息しており、多くの影響を及ぼしている。締めたままの室内において清掃が行き届いていなかったり、空気清浄機が稼働していなかったりすると、呼吸器疾患などを発する恐れもある。

特に、完全な閉鎖環境である宇宙ステーションや宇宙船は影響が出やすい。実際、旧ソ連・ロシアの宇宙船ミールは、運用期間の終盤には機器トラブルが多数報告されていたが、その理由の1つが真菌の増殖による電子部品の腐食であったことが分かっているほか、呼吸器疾患などに関わる真菌の分離も報告されていたことから、宇宙飛行士の健康に対する影響も懸念されていたという。

そこで、研究チームは2008年3月11日の「きぼう」打ち上げから約7年間にわたって合計5回のサンプル採取を行い、それぞれの真菌叢を培養法と「群集構造解析」によって、宇宙船の内部で真菌叢がどのように変化するのかの解明に挑んだという。

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    ISSの日本実験棟「きぼう」(手前の日本の国旗が描かれているモジュール)。2021年3月で打ち上げから13年が経過した (出所:帝京大プレスリリースPDF)

5回のサンプル採取は、打ち上げ前、打ち上げ後およそ500日(約1年4か月半後)、1000日(約2年9か月後)、1500日(約4年1か月後)、2500日(約6年10か月後)に行われた。

その結果、打ち上げ前は射場であるフロリダの気候を反映した種々の環境真菌が検出されたとするほか、軌道上では、Malassezia属をはじめとするヒト由来の真菌が優占していることが判明。土壌などの自然環境から真菌が飛来しないことから、ごく限られた種類による真菌叢が形成されていることが明らかとなった。

さらに、微生物検出シートによるきぼう船内の機器表面の培養試験では、打ち上げから回を追うごとに真菌数が増加し、2500日の時点では5.1×103(10の3乗) CFU/m2相当の真菌が検出されたとしており、地上でこれだけの真菌が床に生えている住宅では、居住者にアレルギーなどの症状が発生し得ることが報告されているという。しかし「きぼう」では、空気清浄機が正常に作動しているため、空気中に培養可能な真菌は浮遊しておらず、宇宙飛行士の健康に影響はないことも判明したという。

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    微生物検出シートによって検出された真菌数の推移 (出所:帝京大プレスリリースPDF)

またきぼう船内で培養された真菌を走査型電子顕微鏡で観察したところ、観察された真菌は、いずれも既知の真菌と形態的な特徴に差はなく、宇宙で育ったことによる形態変化は認められなかったとするほか、得られた培養分離株は都市の生活環境に分布するありふれた環境真菌で、中には呼吸器疾患などを起こし得るものも含まれていたものの、これらの株における抗真菌薬感受性試験でも既知の株と明確な差はなかったとしている。

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    きぼう船内で培養された真菌の走査型電子顕微鏡画像。(A)コウジカビの一種の「Aspergillus sydowii」。(B)アオカビの一種の「Penicillium palitans」、(C)赤色酵母の「Rhodotorula mucilaginosa」。背景は微生物検出シートの不織布、スケールバーは10μmを示す (出所:帝京大プレスリリースPDF)

これらのことから、数年という期間では真菌は宇宙放射線や微小重力の影響を受けず地上と同様の性質を維持しているため、仮に真菌が宇宙飛行士の健康に悪影響を及ぼす場合でも、地上と同じ方法で対処可能なことが示唆されたと研究チームでは説明している。

なお、現在のところ、宇宙飛行士の健康に影響が出る量ではないとするが、影響が出ない量を維持するために定期的な清掃と共に微生物検査の実施が有効であると考えられるとしている。