浜松医科大学と埼玉医科大学は7月7日、免疫応答に重要な因子である「主要組織適合遺伝子複合体クラスI」の機能が欠損すると、ドーパミン受容体が増加し、注意欠如・多動性障害様行動を引き起こすことをマウスを用いた実験から発見したと発表した。

同成果は、浜松医科大 総合人間科学講座の孟紅蕊元大学院生、銅・中原大一郎名誉教授、埼玉医科大 教養教育学科の村上元講師を中心に、東京福祉大学、宮崎大学の研究者も加えた共同研究チームによるもの。詳細は、精神神経免疫学研究協会が発行する人間と動物の行動、神経、内分泌、免疫系の相互作用などを扱った学術誌「Brain, Behavior, and Immunity」に掲載された。

発達障害の1つとして知られる「注意欠如・多動性障害」(ADHD)は有病率が高く、学齢期の子どもの3~7%にも及ぶと推定されている。ADHDは、その特徴である不注意や多動性、衝動性などの問題を抱えるため、学業や社会的な活動に支障を来すことが知られている。しかし、その詳細な発症メカニズムはまだわかっていない。また、現在ADHDの治療薬としてメチルフェニデートなどが用いられているが、効果はあるがその詳細な作用メカニズムについてもわかっていないという。

一方、今回の研究において、ADHDの発症に関与する因子として発見された「主要組織適合遺伝子複合体クラスI」(MHCI)は、免疫応答において抗原を提示するという、免疫系の重要な役割を担っていることが古くから知られている。近年になって、MHCIは脳の神経細胞にも発現することがわかり、この免疫系における働きに加えて、神経回路を形成するという脳特異的な働きをすることが注目されている。

これまでの臨床研究によりADHDを引き起こす要因として免疫系の異常が報告されているが、免疫系とADHDがどのように関係しているのかは明らかにされていなかった。

また、研究チームはこれまでの研究で、MHCIがドーパミン神経回路において重要な働きをすることを報告してきたが、ドーパミン神経回路の異常は発達障害の主要な原因の1つであることから、MHCIの異常が発達障害を引き起こす可能性が考えられたことから、MHCIの機能欠損マウスを用いて、発達障害に特徴的な行動の調査を行ったという。

その結果、MHCIの機能欠損マウスは多動、衝動性の亢進、および注意散漫というヒトのADHDによく似た症状を示すことが判明したほか、MHCIの機能欠損マウスの脳においては、ドーパミン神経回路の一部である「側坐核」という部位でドーパミン受容体(D1R)の発現量が増加し、D1Rを有する神経細胞の活動が異常に亢進することも確認されたとする。

また、このマウスにADHD治療薬のメチルフェニデートを投与したところ、D1Rを有する神経細胞の異常な活動が抑制され、多動、衝動性および注意障害のいずれの症状も改善されることも確認したという。

今回の成果は、ADHDの新規の発症メカニズムとメチルフェニデートの作用機序を示すものであり、今後、ADHDに対する新しい予防法や新規治療薬の開発につながることが期待されると研究チームでは説明しているほか、ドーパミン神経細胞はADHDだけでなくさまざまな精神疾患にも関与しているため、今回明らかになった免疫系の異常が引き起こすドーパミン神経回路の異常は、ほかの精神疾患のメカニズムの解明にも役立つことが期待されるともしている。

  • ADHD

    神経細胞とドーパミン受容体(D1R)の模式図。(左)正常な状態。(中央)MHCIの機能欠損によりD1Rの発現量が増加し、神経細胞の活動が異常に亢進し、ADHD様行動が引き起こされる。(右)メチルフェニデートが投与されると、D1Rを有する神経細胞の異常な活動が抑制され、ADHD様行動が改善される (出所:浜松医科大学Webサイト共同プレスリリースPDF)