理化学研究所(理研)と慶應義塾大学(慶大)は6月24日、大規模な日本人集団の遺伝子多型から「思春期特発性側弯症」の発症や重症化を予測する新たな手法を開発したと発表した。

同成果は、理研 生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チームの大伴直央客員研究員(研究当時:慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程)、同・寺尾知可史チームリーダー、同・骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、慶大医学部 整形外科学教室の松本守雄教授、同・渡辺航太准教授らの日本側彎症臨床学術研究グループ(総勢50名強)を中心としたの国際共同研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Bone and Mineral Research」にオンライン掲載された。

側弯症とは、脊椎が三次元的にねじれて体幹に変形を来す疾患で、多くの場合は原因が特定できないため「特発性側弯症」と呼ばれ、発症時期などにより3タイプに分けられている。そのうち、10歳以降の主に女子に見られる「思春期特発性側弯症(AIS)」は最も発症頻度が高く、全世界の人口の2~3%の割合で発症しているという。

  • 側弯症

    AISのX線写真。脊椎が三次元的にねじれて体幹に変形を来すのがAISである。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害を起こし、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼす (出所:理研Webサイト)

日本人においても同様に人口の2~3%が発症しており、側弯の学校検診が学校保健法で義務付けられている。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害が生じ、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼします。重度のAISの治療には、侵襲が大きく脊椎の可動性が制限される脊椎矯正固定術しかないことから、発症・進行の予防法、および治療法の確立が強く待ち望まれているところだ。

AISは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する「多因子遺伝病」として知られている。研究チームはこれまで、ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する「ゲノムワイド関連解析」(GWAS)によりAISに関連する疾患感受性遺伝子や遺伝子多型を発表してきた。

しかし、これまでに見つかった遺伝子多型では発症リスクを十分に予測できないことから、AISの発症や重症化例を早期に同定できる予測モデルを開発し、臨床現場に応用することが必要とされていた。

そこで今回、どの遺伝子多型が発症と関連するのかではなく、「すべての遺伝子多型をリスク評価に用いる」というリスク計算に重点を置いたアプローチを取ることにしたという。

研究チームは、慶大の松本守雄教授と渡辺航太准教授を中心とする側弯症の専門医集団で構成された日本側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準を用いて、これまで6000例を超える検体とその臨床情報の収集を実施してきた。これは、AISの研究コホート(集団)としては世界最大級のものだという。

AISは女性に多く発症することから今回は対象を女性に限定。女性日本人集団(内訳はAIS患者5004人、非患者3万7597人)の遺伝子情報を用いて、個々の「ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)」が計算された。PRSは、大規模なGWAS研究により疾患や形質との関連が示された、数十~数千の遺伝的変異の重み付きの和を個々に計算したスコアである。

同スコアは実際の疾患発症リスクと相関することがすでに示されている。そしてAIS患者群のPRSの分布は、非患者群のPRSの分布よりも有意に高得点であることから、女性日本人集団内でスコアの分布を調べることで、特に疾患のリスクが高い個人を特定することが可能とされている。

計算されたPRSの数値を基に、AIS患者と非患者の情報からAIS発症の予測モデルが作成され、その予測能の検証が行われた。すると、PRSの高リスク群におけるAIS発症のリスクは、PRSの平均群(一般集団の平均と仮定)におけるAIS発症のリスクと比較してオッズ比(AISの発症リスク)が4.0倍と算出された。この結果から、この予測モデルが有効であることが確認されたという。

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    AISの発症リスク。AISの高リスク群では、平均群と比べAISの発症リスクを表すオッズ比が4.0倍だった。これにより、今回の研究で構築された予測モデルが、AISの発症リスクの予測に有効であることがわかった (出所:理研Webサイト)

疫学研究により、AIS患者は非患者に比べるとBMI(肥満の指標)が低い、つまり痩せ型が多いことが知られている。そこで、このBMIの値が予測モデルに組み込まれ、その結果、予測能が向上。このときのAUC(予測能を測る指標)は0.7であり、臨床的に許容できる値とした。

またこの予測モデルを、以前のGWAS研究で判明しているAISの発症に遺伝的に関連性の深い領域の遺伝子情報だけが用いられ、作成のし直しがなされた。その結果、より少ない遺伝子情報だけでモデルの精度を向上させることに成功したという。この結果は、今後、AISの原因組織や新しい疾患感受性遺伝子座位を同定することで、より精度の高い予測モデルへ更新できる可能性を示しているという。

さらに同様の方法で、軽症と重症のAISの情報から、重症化する例の予測モデルが作成された。そして重症化のPRSが高いリスク群では、低リスク群に比べてAIS重症化のオッズ比が3.3倍であることが導き出された。また、BMIは主にAISの発症に影響し、重症化には影響しない可能性が示された。

今後、今回の研究成果が「前向き研究」(一定の期間を経て前向きにデータを取る縦断研究のこと)でも再現されれば、個別化医療への応用・発展が期待できるという。同時に、BMIのようなAISと関連がある臨床パラメーターをさらに予測モデルに組み込むことで、モデルの予測精度が向上すると考えられるとしている。

また、海外のAIS研究グループと協力し、今回の研究結果が他人種でも再現されれば、世界的なAISの新たな治療戦略となり得るものと期待できるともしている。