量子科学技術研究開発機構(QST)量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部および京都大学霊長類研究所らの共同研究グループは、脳の司令塔である前頭前野が関わる「作業記憶」と「意思決定」の2つの脳機能は、前頭前野から脳深部に伸びる別々の神経経路で処理されていることを明らかにしたと発表した。

同研究は、QST量子生命・医学部門 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究部の小山佳研究員、同堀由紀子研究員、同永井裕司研究員、同宮川尚久主任研究員、同三村喬生研究員、同平林敏行主幹研究員、同須原哲也副領域長、同樋口真人部長、同南本敬史 グループリーダー、京都大学 霊長類研究所の井上謙一助教、同高田昌彦教授らによるもの。詳細は、米国科学振興協会によって発行される科学ジャーナル「Science Advances」のオンライン版に6月24日付(日本時間)で掲載された。

“脳の司令塔”としての役割を持つ前頭前野の背外側部は記憶、意思決定、注意、実行など、思考や行動の中心となるさまざまな重要な機能を担っている。

例えば、買い物に出かける時に買うべきものを一旦覚えるのに「作業記憶」が、店で数ある商品から選ぶのは「意思決定」の機能が使われており、そのどちらにもこの前頭前野背外側部が関与することが知られていた。

しかし、これらの機能が実行されるためには、この脳部位からの指令が他の脳部位に伝えられる必要があり、どの機能がどの脳部位に伝えられて処理されているかは解明されていなかった。

同研究では人工受容体と、生体内に存在する受容体には作用しない人工の作動薬の組み合わせによって神経活動を操作する研究手法である「化学遺伝学」を用い、神経細胞の“スイッチ”のように働く人工受容体をサルの脳に導入し、導入した人工受容体を陽電子断層撮像法(PET)で可視化する技術を応用したとしている。

研究グループは、人工受容体に結合するPET薬剤を開発し、PETで可視化する技術を確立しており、今回は左右の前頭前野背外側部の神経細胞に人工受容体の遺伝子情報を導入したサルを同技術で撮像することで、どの部位に繋がりがあるかを調べたという。

  • 研究概要

    同研究の概要(出所:QST)

その結果、前頭前野の背外側部から尾状核および視床背内側核にのびる、それぞれ2つの神経経路があることがわかったという。

  • 人工受容体の可視化

    前頭前野に導入した人工受容体をリアルタイムに可視化して、経路を明らかにしたという(出所:QST)

また、人工受容体を用いることで、経路を選び指令伝達を遮断するという操作が可能なため、尾状核と視床背内側核の経路がそれぞれ作業記憶と意思決定のどちらに関わっているのかを調査した。

前頭前野背外側部から尾状核への経路を遮断した場合、作業記憶課題のパフォーマンスは変わらず、視床背内側核への経路を遮断した場合にパフォーマンスが落ちたために視床背内側核の経路が作業記憶に関わることを確認したという。

  • 作業記憶課題

    各経路を遮断した際の作業記憶に与える影響。視床背内側核への経路を遮断した場合にパフォーマンスが落ちていることがグラフからわかる(出所:QST)

加えて、前頭前野背外側部から尾状核を遮断した場合にのみ、選択行動に偏りが生じたために尾状核への経路が意思決定に関わるということが明らかになったとしている。

  • 意思決定

    各経路を遮断した際の意思決定に与える影響。尾状核の経路を遮断した場合にのみ、選択行動に偏りが生じていることがグラフからわかる(出所:QST)

なお、研究グループは、同研究でヒト同様に高度に発達した脳をもつ霊長類モデル動物であるサルにおいて、これまで困難であった脳回路と機能を同時に調べることが可能であることを示したことで、ヒトの脳機能理解における大きなブレイクスルーとなることが期待されるとしており、今後、神経経路における情報の流れの不調が関係するような精神・神経疾患の症状を一時的に再現するモデル動物を作出し、疾患の病態仮説を検証することや、病態を改善する治療薬の探索への応用などといったことを検討していくとしている。