熊本大学と日本医療研究開発機構は9月3日、培養系での筋損傷モデルを構築し、損傷した筋線維から漏出する代謝酵素に対して「損傷筋線維由来因子」と命名し、同代謝酵素が筋繊維の周囲に存在する「サテライト細胞」を活性化させ、筋損傷からの再生を加速させる働きがあることを見出したと発表した。

同成果は、熊本大学発生医学研究所筋発生再生分野の土屋吉史 研究員(日本学術振興会PD特別研究員)、同・小野悠介 准教授、長崎大学の増本博司 講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際幹細胞学会の学会誌「Stem Cell Reports」のオンライン版に掲載された。

ヒトを含めた動物の筋肉(骨格筋)は収縮する筋繊維が束になって構成されており、個々の筋繊維の周囲(筋繊維と基底膜の間)には新たに筋繊維を作り出すことのできる組織幹細胞のサテライト細胞が存在している。この仕組みのおかげで、激しい運動による肉離れや打撲などにより損傷しても、筋繊維は再生できるのである。

一方、「筋ジストロフィー」などの難治性筋疾患や、近年増加している「加齢性筋脆弱症(サルコペニア)」の病態においては、サテライト細胞の数の減少や機能の低下が見られる。これらのことから、筋肉の再生治療研究において、サテライト細胞の制御機構の解明は重要な課題だという。

サテライト細胞は通常、成熟した骨格筋においては休止期の状態で存在している。そして筋損傷などの刺激が入るとサテライト細胞は速やかに活性化し、増殖を繰り返すようになる。その後に筋分化し、既存の筋繊維あるいは互いに融合することで筋繊維を再生するという流れだ。つまり、損傷後に筋繊維が再生されるまでには、サテライト細胞の活性化、増殖、筋分化という3ステップが必要となるが、最初のステップである活性化がどのように誘導されるのか、その仕組みがほとんどわかっていなかった。

今回の研究で、既存の動物の筋損傷モデルでは研究に適さないため、新たにマウス筋組織から単離した単一の筋繊維に物理的損傷を加えて壊死させる培養系での筋損傷モデルが開発された。その筋損傷モデルを用いた分析が行われたところ、損傷筋繊維から漏出する成分が、サテライト細胞を活性化させることが判明。活性化した細胞は、細胞分裂の準備期にあたるG1期に入ることが確認されたのである。一方、その漏出成分を除去したところ、サテライト細胞は再び休止状態に戻ることも確認された。つまり、この漏出成分こそが活性化させるスイッチと推察されたのである。

研究チームは、この漏出成分を「損傷筋繊維由来因子」と命名。質量分析により詳細に調査したところ、タンパク質の大半が代謝酵素であり、解糖系酵素や、筋逸脱酵素などが含まれていることがわかった。また、損傷筋繊維由来因子に含まれる解糖系酵素「グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ」を事前にマウス骨格筋に投与し、続いて薬剤により筋損傷を誘導すると、サテライト細胞の増殖が加速することも確認された。これらの結果から、損傷筋繊維由来因子は休止期のサテライト細胞を活性化させ、筋損傷後、迅速な筋再生を誘導する機能を持つことが示唆される結果となった。

なお今回の実験では、活性化にかかる詳細な分子機序までは判明できなかったことから、研究チームは今後の課題としている。

  • 熊本大学

    今回の研究で提案された損傷筋繊維由来因子による新たな筋損傷-再生モデル。休止期のサテライト細胞は、筋損傷部位から漏出する損傷筋繊維由来因子により、速やかに活性化され、増殖の準備段階であるG1期に入る。続いて、損傷部位に浸潤する免疫細胞や間質細胞などが産生する増殖因子などの刺激により、サテライト細胞はS期に入って増殖を開始する。一方、損傷筋繊維由来因子を受け取らなかったサテライト細胞は、再び休止期に入る。損傷筋繊維由来因子は、サテライト細胞を活性化させることで、損傷後、迅速な筋再生を可能にするメカニズムになると考えられている (出所:熊本大学プレスリリースPDF)