ロシアのタス通信は2020年6月10日、ロシアの「S7スペース」が再建を目指していた、ロケットを海上から打ち上げる「シー・ローンチ」について、新型コロナウイルス感染症の影響で計画が頓挫したと報じた。事業は国営原子力企業ロスアトムへ売却される見通しだという。

シー・ローンチは1999年、鳴り物入りで商業打ち上げ市場に参入するも、さまざまな困難に直面し、挫折と再興を繰り返してきた。

本稿ではそんなシー・ローンチの特徴と、これまでの歩み、今後の展望についてみていきたい。

  • シー・ローンチ

    シー・ローンチの打ち上げの様子 (C) S7 Space

シー・ローンチとは?

シー・ローンチ(Sea Launch)は1995年に設立された企業で、社名のとおり、船を使って海(Sea)からロケットを打ち上げる(launch)ことを特徴とし、また最大の武器としていた。

海上打ち上げの利点は、静止軌道に衛星を効率よく投入できるという点にある。静止軌道は赤道上空の高度3万5800kmにあるため、ここに衛星を投入しようとした場合、赤道上から打ち上げると、軌道傾斜角(赤道からの傾き)を変更する必要がなく、また自転速度を最大限にアシストに使えるため、最も効率がよい。逆に、高緯度地域から打ち上げた場合には、軌道傾斜角を変えるため多くのエネルギーが必要で、また自転速度のアシスト量もやや落ちる。

たとえば、シー・ローンチに使われている「ゼニート」ロケットを、高緯度にあるカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げた場合、静止トランスファー軌道への打ち上げ能力は約3.7tだが、赤道上から打ち上げれば6.1tと、約1.6倍にまで向上する。

しかし、米国やロシアなどの国にとって、赤道上に大型のロケット発射場を建設するのは難しい。そこで、船でロケットを赤道直下まで運び、そこから打ち上げることで実現しようというアイデアが生まれたのである。

シー・ローンチの設立には、米国の大手航空・宇宙メーカーのボーイングをはじめ、ロシアのロケット企業エネールギヤ、ノルウェーの大手エンジニアリング会社クヴァーナー、そしてウクライナの航空・宇宙メーカーのユージュノエ/ユージュマシュが参加した。

打ち上げには、ウクライナ製の大型ロケットであるゼニートを使い、発射台となる船は、石油プラットフォームを改造したものが用いられることになった。その他、役割分担は以下のような構図だった。

  • ボーイング(米国)……全体の取りまとめとフェアリングの供給
  • エネールギヤ(ロシア)……「ゼニート」ロケットの第3段の製造
  • クヴァーナー(ノルウェー)……ロケットを発射する「オデッセイ」と、打ち上げを指揮・管制する司令船「シー・ローンチ・コマンダー」の建造
  • ユージュノエ/ユージュマシュ(ウクライナ)……「ゼニート」ロケットの第1段と第2段の製造

この当時、静止通信・放送衛星の需要は高く、また赤道上に大型ロケットの発射場をもっているのは欧州くらいしかなかったことから、シー・ローンチの将来性は高いと見込まれていた。事実、同社の設立直後に、当時の大手衛星通信会社だったヒューズ・スペース&コミュニケーションズや、大手衛星メーカーのスペース・システムズ/ロラールから打ち上げの受注を取り付けるなど、打ち上げ前から順調な船出を迎えた。

  • シー・ローンチ

    シー・ローンチの発射用の台船「オデッセイ」(左)と、打ち上げを指揮・管制する司令船「シー・ローンチ・コマンダー」(右) (C) S7 Space

シー・ローンチの船出と沈没

シー・ローンチは1999年3月27日、ダミーのペイロードを積んだ状態での初打ち上げに成功した。ゼニート・ロケットそのものは、すでに1980年代から数多くの打ち上げ実績をもっていたこともあり、シー・ローンチは2号機から実際の衛星の打ち上げを始めた。

ところが、3号機で打ち上げに失敗。これを含め、通算36機の打ち上げの中で4機が失敗し、打ち上げ成功率は約88.8%と、現代のロケットの水準としてはやや低い結果にとどまった。

この4機の失敗はいずれも、ソフトウェアのエラーやエンジンの故障など、ロケット側のトラブルによるものであり、シー・ローンチの肝である海上から打ち上げるということが直接的な原因だったわけではない。とくに2000年代、ロシア・ウクライナ製のロケットは、品質の劣化などによる打ち上げ失敗が頻発しており、ゼニートもまたそのひとつであった。

ただ、それでも失敗の影響は大きく、とくに2007年の3回目の失敗のあと、同社は資金繰りが悪化。さらに静止衛星の打ち上げ市場が冷え込んだこともあり、2009年6月には連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請するに至った。

破産直前の2008年からは、極軌道や地球低軌道など、赤道上から打ち上げる必要のないミッションのために、従来のように地上にあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げる「ランド・ローンチ」というサービスの販売も始まったが、起死回生の策とはならなかった。

もっともチャプター11は再建を目指した破産申請であることから、即座に再建に向けた動きが始まり、2010年にはロシアのエネールギヤが株式のほとんどを獲得し、ロシア企業として生まれ変わった。この背景には、シー・ローンチの筆頭出資者だったボーイングが、自社の「デルタ」ロケットの商業打ち上げサービスを始めたことから、打ち上げ市場において競合する羽目になってしまったことも要因となった。

2011年には早くも打ち上げが再開されたが、受注数や打ち上げ数は伸び悩んだ。さらに2014年には、クリミア危機によってロシアとウクライナの関係が悪化。その影響でゼニートの打ち上げができなくなるという事態に陥った。ゼニートは、機体全体こそウクライナ製であるものの、ロケット・エンジンはロシア製だった。これによりゼニートは生産停止となり、2014年5月26日の打ち上げをもって、シー・ローンチの活動はふたたび停止することになった。

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    打ち上げを待つシー・ローンチのゼニート・ロケット (C) S7 Space