米国航空宇宙局(NASA)は12月2日(現地時間)、2021年の実施を目指している有人月飛行計画「EM-2」(Exploration Mission-2)の、最新の検討案を発表した。

この計画は、最大4人の宇宙飛行士が乗った宇宙船を打ち上げ、月の裏側を通って帰還する約8日間にわたるミッションで、実現すれば1972年に終了したアポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月飛行となる。

NASAはかねてより新型宇宙船「オライオン」と新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」の開発を進めており、オライオンは2014年に無人での飛行試験にも成功。今後も開発が順調に進み、このEM-2が成功すれば、2030年代の実現を目指す有人火星飛行に向けた大きな一歩にもなる。

本稿では、約半世紀ぶりの有人月飛行にして火星への旅路の一里塚にもなるEM-2が、いったいどのような計画なのかについてみていきたい。

開発中の「オライオン」宇宙船を使った、半世紀ぶりの有人月飛行「EM-2」の想像図 (C) NASA

オライオンを打ち上げる超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」 (C) NASA

火星への旅路

NASAは現在、2030年代の有人火星探査を目指し、新型の有人宇宙船「オライオン」と新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」の開発をはじめ、必要になるさまざまな周辺技術の検討や研究、開発を行っている。NASAではこうした活動をまとめて「Journey to Mars」(火星への旅路)というキャッチフレーズで呼んでいる。

現在の計画は、2010年にバラク・オバマ大統領が発表した宇宙政策に基づいて進められている。この政策のなかでの有人探査は、まず国際宇宙ステーションへの物資や宇宙飛行士の輸送など、民間企業に任せられることは民間に任せ、その代わりにNASAは、月や火星といった深宇宙への探査や有人飛行に焦点を絞るというものである。

オバマ大統領の前、つまりジョージ・W・ブッシュ政権のころには、「コンステレーション計画」という別の有人月・火星探査計画があった。実際に新しいロケットや宇宙船の開発が進められていたものの、コンステレーション計画は技術的に無理筋なところがいくつもあり、開発は難航。実現の可能性や、将来の発展の余地といった点からNASA内外から批判の声が上がっていた。

それを受け、政権を継いだオバマ大統領は、コンステレーション計画を中止させ、より着実に月や火星を狙えるような計画に変更した。

これまでのところ、この新計画は多少の遅れはありつつも前進を続けている。そして今後も、このままのスピードで世界とNASAがまわったら、2021年にも人類は再び月へ赴き、そしてそれを踏み台に、火星への有人飛行も視野に入ってくるだろう。

NASAが掲げる「Journey to Mars」の概念図。国際宇宙ステーションや新型ロケットや宇宙船の開発、無人探査などの成果を結集させ、着実に火星を目指すという意図が込められている (C) NASA

2010年に新しい宇宙政策を発表したバラク・オバマ大統領 (C) NASA

新型宇宙船「オライオン」と、新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」

オライオン宇宙船は、アポロ宇宙船と同じ、カプセル型と呼ばれる、富士山やプリン、アポロチョコのような円錐台形の形をした宇宙船である。ただオライオンはアポロよりもひとまわりほど機体が大きく、アポロは3人乗りだったが、オライオンでは4人から最大で6人の宇宙飛行士が乗ることができる。

宇宙飛行士が乗るカプセル部分の開発はNASAが担当し、ロケット・エンジンや太陽電池が収められるサービス・モジュールの開発は欧州宇宙機関(ESA)が担当している。

オライオンの開発はコンステレーション計画のころから始まっており、当時から大きな遅れはなく、比較的順調で、今から2年前の2014年12月5日には試験飛行ミッション「EFT-1」(Exploration Flight Test 1)が実施された。EFT-1は無人で、サービス・モジュールも実機ではなくダミーだったが、オライオン試験機の電子機器やパラシュートなどが設計どおり動くかが確かめられた。また月からの帰還に近い、秒速約9kmという猛スピードでの大気圏再突入に耐えられることも実証された。

オライオンの想像図 (C) NASA

オライオンは2014年に無人の試験飛行「EFT-1」が行われた (C) NASA

オライオンの開発はその後も続き、現在は「EM-1」(Exploration Mission 1)と呼ばれる計画の実施に向けて動き続けている。EM-1も無人ではあるものの、今度はサービス・モジュールなどを装備した完全装備の状態で打ち上げられ、さらに地球周辺を越え、月まで飛行する。

EM-1のもうひとつの重要な点は、スペース・ローンチ・システム(SLS)の初飛行でもあるということである。SLSは2010年に引退したスペース・シャトルの技術を使って開発されるロケットで、オライオンを打ち上げる有人ロケットと、月や火星への有人飛行に必要になる貨物や着陸船などを打ち上げる貨物ロケットの2つの顔をもつ。現在はまず初期型となる「SLSブロック1」の開発が進んでおり、EM-1で初飛行が予定されている。

SLSによって打ち上げられたオライオンは、まず地球をまわる軌道に乗った後、続いて月へ向かい、月の自転と逆行するようにまわる周回軌道に入る。この軌道は正確にはDistant Retrograde Orbit(DRO、直訳すると「遠い逆行軌道」)と呼ばれるもので、月面から高度約7万5000kmという非常に高い高度をまわる円軌道のこと。月探査機が多く投入される月の低軌道はやや不安定で、定期的な軌道修正が必要になるものの、DROに投入した衛星は非常に安定してまわり続けることができるため、別名「月均衡軌道」とも呼ばれている。

オライオンはこのDROで数日間過ごした後、軌道を離脱し地球へ帰還する。

打ち上げは2018年10月以降の予定で、帰還まで25~26日ほどのミッションになる。これによりオライオンが月との往復飛行、長期の宇宙航行に耐えられるかどうかが試される。

2018年以降に予定されているEM-1では、オライオンは無人で月へ飛ぶ (C) NASA

EM-1の打ち上げでは新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」が使用される (C) NASA

このEM-1が成功すれば、いよいよオライオンが宇宙飛行士を乗せ、月へ向けて打ち上げられる準備が整うことになる。1972年の「アポロ17」以来、約半世紀ぶりとなる人類の月への帰還ミッションは、どのようなものになるのだろうか。

【参考】

・First Flight With Crew Will Mark Important Step on Journey to Mars | NASA
 https://www.nasa.gov/feature/nasa-s-first-flight-with-crew-will-mark-important-step-on-journey-to-mars
・Orion Overview Fact Sheet (NASA)
 https://www.nasa.gov/sites/default/files/617409main_orion_overview_fs_33012.pdf
・EFT-1 Press kit (NASA)
 http://www.nasa.gov/sites/default/files/files/JSC_OrionEFT-1_PressKit_accessible.pdf
・EFT-1 Fact sheet (NASA)
 http://www.nasa.gov/pdf/663703main_flighttest1_fs_051812.pdf
・SLS Fact Sheet (NASA)
 https://www.nasa.gov/sites/default/files/atoms/files/sls_october_2015_fact_sheet.pdf