次世代有機エレクトロニクス材料として期待されるナノグラフェンの精密合成に、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の伊丹健一郎(いたみ けんいちろう)教授らが新反応と新触媒で成功した。安価な市販の化合物から1段階で炭素シートを拡張できるため、さまざまな光・電子・磁気機能をもつナノグラフェンの創製が期待できるという。同研究所の伊藤英人(いとう ひでと)講師、尾﨑恭平(おざき きょうへい)大学院生、川澄克光(かわすみ かつあき)博士研究員、柴田万織(しばた まり)大学院生との共同研究で、2月16日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。

図1. 鋳型分子から炭素シートを伸ばしてナノグラフェンを精密に合成する方法(提供:伊丹健一郎名古屋大学教授)

グラフェンは炭素原子からなるシート状の物質。厚みはわずか原子1個分、およそ10億分の3メートルしかない。グラフェンは初めて単離された2004年から10年あまりが過ぎて、今や最も注目を集める材料のひとつになった。グラフェンが無限に広がる蜂の巣のようなシートなのに対して、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの幅や長さをもつグラフェンをナノグラフェンと呼ぶ。ナノグラフェンはグラフェンにない磁性や電気的特性をもち、また、それらの物性は幅、長さ、端の構造に強く依存する。

図2. グラフェンとナノグラフェン(提供:伊丹健一郎名古屋大学教授)

図3. 従来の合成法(上)と比較した新しいナノグラフェン合成法(APEX)反応(下)(提供:伊丹健一郎名古屋大学教授)

このため、ナノグラフェンの特性を最大限に生かすには、超微細な構造制御が欠かせないが、構造を精密に制御して合成することは難しい。ナノグラフェンの精密合成を達成した数少ない例では、ベンゼン誘導体を何段階にもおよぶ工程を経て連結(カップリング反応)したのちに、最後にベンゼン環のシート化反応を施して、ナノグラフェンを合成していた。しかし、収率が大幅に低下するなどの致命的欠点をいくつも抱えていた。

伊丹教授らのグループは、多環芳香族炭化水素という市販の化合物群を原料の鋳型にして炭素の2次元シートを一気に伸ばす反応を開発した。APEX反応(annulative π(pi)-extensionの頭文字をとった)と名付けたこの新反応はナノグラフェン類をわずか1段階で合成できる。新触媒(カチオン性パラジウム・オルトクロラニル触媒)とシート伸長剤(ジベンゾシロール)の開発が、理想的なナノグラフェン合成を実現する鍵となった。

今回用いた鋳型は、多環芳香族炭化水素という市販の化合物群で、石油から安価に入手でき、不完全燃焼で生じるすすや土星のリング、隕石にも含まれる。入手しやすい一方、反応性が低いため、極めて高活性な触媒が必要だった。量子化学計算による精密な触媒設計で、高い反応性などを兼ね備えたパラジウム錯体の触媒の開発に成功した。炭素シート伸長反応を達成するには、シート伸長剤の選択も重要で、膨大な実験から有機ケイ素化合物のジベンゾシロールが最適であることを見いだした。

この反応は、鋳型になる多環芳香族炭化水素と、シート伸長剤のジベンゾシロールの構造を変えるだけで、多様なナノグラフェンを合成できる。困難だった大きなナノグラフェンの合成も可能で、工業化に適した実用的反応といえる。異なるシート伸長剤を順番に作用させて設計図通りにナノグラフェンを精密合成することも可能にした。2回の操作で鋳型の4倍以上の長さのナノグラフェンを合成できた。伸長方向を制御することにも成功した。

伊丹健一郎教授は「鋳型のもつ構造情報を基に、方向を決めながら炭素のシートを伸ばすという直感的な合成法を長年苦労して確立した。量子化学の計算で新しい触媒とシート伸長剤を開発したのが大きかった。これで多様な構造と機能をもつナノグラフェンを設計通りに合成する道が開けた。高速トランジスタやタッチパネル、半導体メモリ、太陽電池など幅広い応用研究が進んでいるが、いずれの研究でも『構造的に純粋なナノグラフェン』が必要なため、この新技術の波及効果は工業化も含め、大きいだろう」とみている。

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