東京大学(東大)は3月11日、食品ポリフェノールは、細胞核内のDNA転写を調節するタンパク質に作用することで、アルコール摂取に由来する脂肪肝を緩和することをマウスによる実験で見いだしたと発表した。

同成果は、同大大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程の姚瑞卿(当時)、同 牛尼翔太氏、同 阿部啓子 特任教授、同 三坂巧 准教授、前橋工科大学 生物工学科の安岡顕人 准教授(当時。現 神奈川科学技術アカデミー研究員)、神奈川科学技術アカデミーの亀井飛鳥 研究員らによるもの。詳細は「PLoS ONE」に掲載された。

酒類には、アルコール類や糖質に加えて、果皮や樽由来の化学成分が含まれているが、それらの多くは「ポリフェノール」であり、酒類に色や風味を与えるのみならず、生活習慣病のリスクを低下させるような効果があることが近年の研究から判明している。例えば、赤ワインに含まれる「レスベラトロール」はフレンチパラドクスの要因とされ、抗酸化活性やサーチュインなどの標的タンパクを介した代謝制御が報告されている。

研究グループでも、これまでの研究から、食品由来のフラボン類・カテキン類・レスベラトロール・エラグ酸などが、細胞核内のDNA転写を調節するタンパク質(構成的アンドロスタン受容体、Constitutive Androstane Receptor:CAR)を活性化することを明らかにしてきており、この結果から、酒類の食品ポリフェノールもCARに作用し、代謝制御に関わっていることが予想されたものの、これまで、それを確認することができなかったという。 今回の研究は、その確認に向けて実施されたもので、6週齢のマウスを4匹ずつ4群にわけ、固形食と水を1週間自由に摂食させた後、それぞれの群にエタノール非含有食(対照群)、5%エタノール含有食(エタノール群)、0.0073%エラグ酸を含む5%エタノール含有食、0.0073%トランスレスベラトロールを含む5%エタノール含有食(エタノール+ポリフェノール(エラグ酸あるいはレスベラトロール)群)を1週間自由に摂食させ、さらに、4週間それぞれの食を一日あたり12g与えるという手順の後、各マウスの肝臓の脂肪蓄積を染色で観察したという。

その結果、エタノール食を摂取したマウスではエタノール非含有食を摂取したマウスに較べて4倍の脂肪が蓄積されていること、ならびにエタノールとともにエラグ酸を摂取したマウスでは、脂肪量が低下していることが確認されたほか、エタノールとともにレスベラトロールを摂取したマウスでは、エタノール非含有食を摂取したマウスと同程度にまで脂肪量が減少していることが確認された。

エラグ酸とレスベラトロールによるアルコール性脂肪肝の抑制。対照食で5週間飼育したマウスに比較して、エタノール食で飼育したマウス(上右)では肝細胞(青い染色)に脂肪滴(赤い染色)の蓄積がみられた。エラグ酸あるいはレスベラトロールを共投与したマウス(下左右)では脂肪滴が少なかった

そこで、これらのマウスの肝臓で発現する遺伝子をDNAマイクロアレイにより解析したところ、対照群、エタノール群、エタノール+ポリフェノール(エラグ酸あるいはレスベラトロール)群の間では、肝臓で発現する遺伝子群が異なっていることが判明したという。

食品ポリフェノールが肝臓トランスクリプトームに与える影響。対照食で飼育したマウスとエタノール食で飼育したマウスの間に明確な集団の分離がみられた(数字は個体番号)。さらに、エラグ酸あるいはレスベラトロールを共投与したマウスは、エタノール食で飼育したマウスと異なる集団を形成していた

この脂肪肝を起こしたエタノール群において対照群に較べて発現が上昇した遺伝子は1053個であり、抑制したものは1461個であり、そのうち、上昇がポリフェノールにより元に戻った(上昇が抑えられた)ものは323個、抑制が元に戻った(抑制が抑えられた)ものは287個であったという。

また、エタノール+ポリフェノール群においてのみ、発現が上昇していた遺伝子は514個で、発現が抑制していた遺伝子は742個で、それらの遺伝子群中にどのような機能を持つ遺伝子が有意に濃縮されているかを分析したところ、エタノールによる発現上昇がポリフェノールによって抑えられた323個については、ストレス誘導性や解糖系に関係する機能分類に有意な濃縮が見られ、エタノールによる発現低下がポリフェノールによって抑えられた287個については、脂質の代謝に関係する機能分類に有意な濃縮が見られた。さらに、エタノール+ポリフェノール群においてのみ発現上昇が見られた514個については、概日リズム、脂質代謝、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド:ミトコンドリア内で電子の伝達に関わる物質)合成、TCA回路(クエン酸回路:ミトコンドリア内のエネルギー合成の過程で行われる反応)、葉酸とメチオニンの代謝に関係する機能分類に有意な濃縮が見られたとする。

そこで、これらの機能分類に含まれていた遺伝子について、具体的にどのような代謝経路に影響をあたえるかを解析したところ、エタノールは肝臓のストレス応答を引き起こし、解糖系からTCA回路への流れと胆汁酸合成を抑制するが、ポリフェノールはこれらの制御を元に戻し、β酸化を促進することにより脂肪肝を軽減していることが予想されたことから、CARを欠損したマウスを用いて実験を行ったところ、遺伝子欠損がない正常なマウスで見られたポリフェノールによる脂肪肝の緩和は、CARを欠損したマウスでは観察されず、肝臓の全体的な遺伝子発現についても、エタノール群とエタノール+ポリフェノール群とでは差が見られないことが確認されたという。

ポリフェノールによる代謝制御の予測

今回の結果は、エタノールという代謝ストレスによって生じる脂肪肝や肝臓の遺伝子変動に対して、食品ポリフェノールであるレスベラトロールやエラグ酸がCARを制御することで緩和的に働いていることを示唆するものであり、研究グループでは、NADや葉酸は遺伝子のエピジェネティックな修飾であるヒストン脱アセチル化やDNAメチル化とも関係しており、代謝ストレスとその緩和が細胞分裂後の細胞や子の世代に影響しうることが示唆されたことから、今後、食品による現世代や子世代の健康維持という観点からのさらなる研究が必要とされるとコメントしている。