産業技術総合研究所(産総研)は8月30日、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 食品総合研究所(食総研) 放射性物質影響ワーキンググループの協力を得て、放射性セシウム(Cs)を含む玄米の「認証標準物質」を開発したことを発表した。

成果は、産総研 計測標準研究部門 量子放射科 放射能中性子標準研究室の海野泰裕研究員、柚木彰研究室長、齋藤則生研究科長、同・無機分析科 無機標準研究室の三浦 勉研究室長らの研究グループによるもの。

東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、放射性物質による食品の汚染が懸念され、多くの検査機関で放射能測定が行われているが、そうした検査機関では、日本アイソトープ協会が頒布している標準ガンマ体積線源を用いて測定器を校正し、測定のトレーサビリティを確保している形だ。

なお、放射性Csなどの放射性物質の原子核は不安定で、放射線を出すなどして別の原子核になる。これを「壊変」と呼び、放射能はこの壊変の頻度を表す。単位にはベクレル(Bq)が用いられ、1秒間に1壊変する時、その放射能を1Bqと定められている。このように放射能は放射線を出す頻度を示す言葉であるが、放射性物質の量を示す際にも用いられる。

ちなみに、食品中に含まれる放射性Csの放射能を測定する場合、放射能が微小であるため、装置が置かれた場所の放射線や、測定試料中の放射性Cs以外の放射性物質の影響を受け、正しい測定ができている確証が得られない場合がある。

そこで、測定対象と類似の物質で構成され、同程度の放射能を持ち、放射能の値がわかっている「認証標準物質」を測定し、認証値と同じ結果が得られることを検査機関が自ら確認し、評価することが重要となるというわけだ。そのため、放射能測定用認証標準物質の頒布が求められていたのである。

認証標準物質についてもう少し詳しく説明すると、試料全体にわたり均質化された物質で、国際規格に定められた手順に従い、特性値が国家計量標準と結び付けられて定められており、認証書が付されているもののことをいう。

放射性Csを含む玄米の場合は、試料全体均質化した後に容器に詰め、放射能の国家計量標準にトレーサビリティが確保されている放射能測定装置を用いて放射能濃度を決定し、放射能に関する認証書が付されているものとなる。

なお、放射能濃度とは単位質量あるいは単位体積あたりの放射能のこと。2012年4月1日に施行された食品中の放射性セシウムに関する基準値は、放射能濃度(単位はBq/kg)で示されている。

この認証標準物質は、2011年に収穫された玄米を、食総研で十分な混合により均質化し、その放射能を産総研のゲルマニウム半導体検出器(画像1)で測定し、放射性Cs濃度の値付けが行われたものだ。

画像1 認証値の付与のための放射能測定に用いた外径110mmのゲルマニウム半導体検出器

放射能の検査機関における測定の「妥当性確認」に用いることができ、放射能測定の信頼性向上への貢献が期待される。開発された認証標準物質は、2012年8月31日から委託事業者を通して頒布を開始する形だ。

ちなみに妥当性確認とは、対象とする試料の放射能が実際に測定できるということを、客観的な証拠をもって検証することをいう。放射能測定器は、自然界に存在する放射線の影響を十分に遮蔽しないと、微弱な放射能は測定できないという弱点がある。

そこで、標準ガンマ体積線源を用いた校正により測定器で得られる計数と試料の放射能の関係を求めた上で、さらに、測定対象と類似の物質で構成され、同程度の放射能を持ち、放射能の値がわかっている認証標準物質の放射能を測定し、測定対象と同程度の放射能が正しく測定できることを示す、測定の妥当性確認を行うことが望ましいというわけだ。

今回頒布する放射性Csを含む玄米の認証標準物質の仕様は次の通り。

  • 容器:標準U8容器(外径55mm、高さ55mm)
  • 試料:玄米粒
  • 試料量:81g(正味質量)
  • 放射能濃度:Cs134とCs137の合計で約85Bq/kg

作製に当たっては、認証標準物質生産に関する国際規格であるISOガイド34およびISOガイド35、ならびに試験所や校正機関が有するべき能力を定めた国際規格であるISO/IEC17025にしたがっている。開発の手順は次の通りだ。

先の東日本大震災に伴う原子力発電所事故に由来する、放射性Csを含む約60kgの玄米を食総研において均質化し、標準U8容器に81gずつ詰めて試料とした。次に、産総研で、全試料の中から12個をサンプリングし均質性を評価した。

その結果、試料の放射能測定値のバラつきは、相対標準偏差で3%程度であり、サンプリングの範囲では放射能が大きく外れた試料はなかった。そこでこの試料を用いて標準物質を作製することとし、産総研で認証値の付与のためにゲルマニウム半導体検出器を用いて放射能測定を行い、その結果から放射能濃度を決定したというわけだ。

今回頒布する認証標準物質の放射能濃度は約85Bq/kgであり、厚生労働省による一般食品の放射性Csの基準値(100Bq/kg)より若干低い。そのため、検査機関がこの認証標準物質の放射能を正しく測定できれば、基準値を超える食品の放射性Csの測定ができることの確証となるのだ。

開発された認証標準物質は、2012年8月31日から委託事業者を通して頒布を開始する。頒布価格は、U8容器入り1個当たり1万円程度の予定だ(画像2)。

画像2 頒布する放射性セシウムを含む玄米の認証標準物質