IEEE802.11acは実際には何時頃使えるようになるのか

さて、説明はこの程度で終わったのだがいくつか補足情報を。まず気になるのは現在の802.11acが先に説明した通りまだDraft状態な事。過去にIEEE802.11nが、当初Draft 1.0ベースで見切り発車した製品が多く登場したものの、このDraft 1.0は一旦否決され、1年後に登場したDraft 2.0が正式版になったという経緯があり、この結果一部のDraft 1.0準拠製品は最終的な802.11nの規格に非互換な独自製品になってしまった事がある。

今回こうした問題は出ないのか? と尋ねたところ、現在はまだDraft 1.0ベースの製品で、まもなくDraft 2.0も出る模様なので完全に今のまま無変更でいけるとは限らないが、もし変更が必要な場合でもハードウェアはそのままでファームウェアアップデートだけで可能になる、との話であった。バッファローからも、「もちろん最終的にどうなるかは判らないが、今のところいけそうな感触はある。年末には相互接続性試験の開催なども予定されているから、逆算すると大丈夫ではないかと思う」という話であった。

次に気になるのが、USB接続の2製品である。この製品、USB 3.0で接続しないと接続部分がボトルネックになるが、現在の携帯でUSB 3.0に対応しているコントローラは存在しない。そのあたりはどうなのか? とHurlston氏に尋ねたところ、なんと返事は「今の製品はUSB 3.0には未対応でUSB 2.0での接続」との話。Photo07のData ratesの数字は、USB接続の2製品に関しては、あくまでもAir Rate(無線接続の部分のData rate)で、実効転送速度はUSB 2.0にあわせて480Mbps未満(恐らく400Mbps未満だろう)に制限されるという話であった。これに関しては「次の世代ではUSB 3.0に対応する」との事だった。ただ今でもスマートフォン向けのハイエンド携帯向けSoCはPCIeをすでに利用可能だし、USB 3.0を統合する製品は当分出そうにない訳で、むしろローエンド向けは1-stream構成のPCIe接続チップを用意したほうがよさそうな気がした。

また802.11acは基本的に5GHzのみでの転送である。先にもちょっと触れたが、今回のBroadcomの4製品はいずれも2.4GHzと5GHzのDual Band構成なので2.4GHzでの通信も可能であるが、その場合は802.11acではなく802.11nでの接続となる。そのため転送速度を稼ぐためには5GHz帯での接続が必須になるが、問題はこの5GHz帯における到達性が2.4GHzに劣ることだ。

日本で5GHz帯の802.11aや802.11g/nが普及しなかった理由はいくつかあるが、そのうちの1つがこの到達性で、特に日本のような狭い家屋では非常に難しいものがある。これについて同氏は、確かに5GHzの到達性が2.4GHzに劣ることを認めたうえで、それをカバーすべく802.11acでは出力を引き上げていることを明らかにした。5GHz帯における出力の上限は国によって違いがあり、FCCの規格では18.5dBm、ETSI(European Telecommunications Standards Institute)では15dBm、日本では18.5dBmになっている。こうした問題をクリアするため、同社の従来製品では5GHz帯における出力を14dBmに抑えていたのだそうだが、802.11acでは到達性を改善するため、これを18dBmまで引き上げたとしている。もちろんこのままだと欧州向けに利用できないので、恐らく欧州向けには出力を14dBmまで引き下げたモデルを用意するのかもしれないが、1つの携帯やPCを全世界で使うシーンが増えつつある昨今、果たしてこれでいいのかはちょっと微妙な気がする。

また出力を引き上げるとなると当然消費電力が増えることになる。また802.11acではLDPCを利用しており、これの処理負荷が思いきり高い。これに関しては、今回の製品はいずれも40nmプロセスで製造しており、しかもPHYまで内蔵することで消費電力を引き下げることに成功した、と同氏は説明している。LDPCは非常に計算量が多い符号であり、これを同社の従来使ってきた65nmプロセスで実現すると消費電力がかなり増えることになるが、この解決にもなったという話であった。

さて、そんなわけで同社はこの802.11ac対応製品の積極的な展開を考えている訳だが、日本においてはそもそも総務省がまだ802.11acの利用を許可しておらず、今のところ利用できるめどが立っていない。このあたりのめどについてバッファローの関係者にお聞きしたところ「いやウチが知りたい位です」という返事が返ってきた。これは別に日本だけの話ではなく、他にも利用できない国が存在しているわけで、このあたりの法規制のクリアが最初の難関であろう。

次の難関は、本当にPCに普及するかである。Broadcomは携帯やインターネット家電向けのみならずPC向けソリューションも提供しており、AMDのノートでは標準搭載されているが、市場の大半を占めるIntelのノートは殆どがIntelのチップを使っている。なので、Intelがやはり802.11acに舵を切らないと、Broadcomが望むほど急速に普及が進むかは微妙に感じる。このあたりをIntelの関係者にそれとなく尋ねてみたが、同社の場合、今はUltrabookの普及が先で、無線LAN周りに関しては公式にも非公式にも今のところロードマップに802.11acの話はないようだ。実は過去の歴史で言うと、Intelが力を入れて自社でチップを提供した規格(802.11b/g/n、WiMAX)はそれなりに普及した一方、マーケティングだけで実際にはチップを出さなかった規格(802.11a、Wireless USB)は尻すぼみに終わっているという話もあり、その意味ではIntelの動向が気になるところである。

ちなみに今回はBroadcomが先手を打った形ではあるが、他のメーカーも当然このマーケットは注視している。テクノロジー関連特許の動向を調査しているTechIPmが2011年11月に同社のblogで公開した情報によれば、802.11ac関連の特許は2011年10月の時点で合計97件あり、その大半はQualcomm(に買収されたAtheros)とMarvellが抑えているそうだ。Qualcomm-Atherosも昨年、802.11acに関して積極的な話をしており、Marvellも当然このマーケットは狙っているであろう。その意味ではプレイヤーがBroadcom単独で無いのは間違いなく、となれば立ち上がることそのものは確実と思われる。ただBroadcomの描いたシナリオの様に立ち上がるかどうか、はまだ未知数というのが正直なところかと思う。