いまや世界の半導体メーカーランキングでトップ10入りの常連となり、スマートフォン(スマホ)時代をリードする超大手となった半導体企業「Qualcomm」の設立は1985年、私がAMDに入社した前の年である。AMDにいたころから業界紙の広告などでは何度か名前を見たことがあるが、これほどまでに大きな半導体企業になるとはつゆにも思わなかった。

もともとベースバンドの半導体をやっていて、CDMA方式のワイヤレス通信が普及し始めてから急成長した。Intelのゴードン・ムーアが数年前の回顧録インタビューで言っていたように、当時シリコンバレーで目鼻が利くエンジニアはPCまではある程度予想していたが、現在のスマートフォンの世界的な普及までは想像力は働かなかった。設立当時のQualcomm自身もそうであったのではないだろうか? スマートフォンの市場動向に半導体市場全体が大きく影響を受ける中、その中心にある同社の動きは最近注目を集めている。そこで今回と次回、2回に分けて、私の視点からQualcommを取り巻くビジネス環境を解剖してみたいと思う。

同社の現在の動向は大きく分けて下記の3分野に分けられる。

  1. 買収に関する動き
  2. 独禁法に関する動き
  3. 製品に関する動き

1. 買収に関する動き

最近のQualcommの買収にまつわる動きを追う場合、話を2つに分けなければならない。というのも、Qualcommは現在、買収を行っている企業でもあり、買収の標的とされている企業でもあるからだ。買収する企業としてのQualcommの相手企業はNXP Semiconductorsである。NXPはもともとオランダPhilipsが母体である。総合電機メーカーのPhilipsが2006年にその半導体部門を切り離しNXPとなった。その後NXPは2015年に米国Freescale Semiconductorを買収した。Freescaleはもともと名門Motorolaの半導体部門(中心はマイコン/プロセッサなどのロジック)が切り離されて独立した会社である。この買収は最近完了したのですでにFreescaleのブランドはない。このNXPを買収しようとしているのがQualcommである。そしてそのQualcommに対して大型買収を仕掛けているのがBroadcomである。ちょっとややこしくなったのでここまでの話を箇条書きする。

  • FreescaleがMotorolaから独立(2004年)
  • NXPがPhilipsから独立(2006年)
  • NXPがFreescaleを買収(2015年)
  • QualcommがNXPを買収中(2016年より手続き継続中)
  • BroadcomがQualcommの買収を計画(2017年~)

もともと、新しいアイディアを持った人たちがスピンアウトして会社を立ち上げる、コアビジネスでないと判断すると切り離し分社化する、技術・ビジネス・ブランドを取り込もうと他企業を買収する、特許論争で訴訟を仕掛ける、その結果差し止め命令が出る、など何かと大立ち回りの事件が日常茶飯事の業界ではあるが、Qualcommを取り巻く最近の状況はなんともあわただしい。その背景には半導体の適用アプリケーションの範囲が急激に広がっていることがある。従来、半導体の主要アプリケーションはコンピュータであったが、半導体の集積度が飛躍的に高度化するにつれて、このコンピュータが超小型化していっていろいろな機器に埋め込まれるようになった。

その中で一番インパクトが大きかったのはスマートフォンの登場であろう。現代人の生活スタイルまで変えてしまったスマートフォンの普及は、急激な通信データの増加につながり、それを支えるインフラが最新技術によって提供され、その技術インフラが発展すると新しい業界・アプリケーションを取り込んでゆく。スマートフォンが急加速させた技術の発展は、同時に進行していたEV・自動運転などといったまったく新しい分野のアプリケーションを急速に実用させようとしているのだ。将来的に重要となる技術・IPを取り込むためには、金に糸目をつけずに丸ごと買ってしまおうというのが今の企業買収の流儀であるらしい。

企業買収が加速するもう1つの理由は級数的に増加する開発・生産コストである。従来ではせいぜい数億ドル程度であったコストは、数十億ドルの単位で語られるのが当たり前になった。Qualcommに買収を仕掛けているBroadcomが提示した買収金額はなんと約13兆円、しかもそれをQualcommが拒否したので、さらに吊り上がる気配だというから驚きだ。敵対的買収に出る可能性もある。

  • 現在のスマートフォンにはとんでもない性能のコンピュータが搭載されている

    現在のスマートフォンにはとんでもない性能のコンピュータが搭載されている

実はQualcommもBroadcomもAMDとは少なからず関係がある。AMDは2006年にグラフィクスの雄ATIを買収した。買収した当初はATIのすべての技術をAMDの戦略に取り込もうとしたが、結局PC用のグラフィック・プロセッサの技術だけ残して、他の技術はビジネスユニットごと切り離した。結局、携帯電話用のグラフィックスをQualcommに、デジタルテレビ用のグラフィクスをBroadcomに売却した。この2つが今一緒になるかもしれないというのは非常に興味深い。しかしこの大型買収は簡単にはいかない。現在の状況は以下のとおりである。

  • QualcommによるNXPの買収は独禁法の観点から地域ごとの独禁当局の承認を得なければならない。米国、ヨーロッパ、韓国では承認が取れたが、大きな地域では中国の承認が取れていない。現在、技術の国産化を強力に推進している中国政府からの承認はなかなか難しそうだ。
  • QualcommはNXPの買収を進めるのと並行して、Broadcomからの敵対的買収をかわすための方策も打ち出している。最近発表された韓国Samsung Electronicsとの広範囲にわたる提携強化、中国のスマートフォン企業との提携がこれである。Broadcomの買収に待ったをかけさせる強力な材料になる。
  • 度重なるM&Aで、現在ではQualcomm同様世界半導体トップ10に名を連ねるまでに成長したBroadcomのCEOは、名うての買収仕掛人のHock Tan氏である。ベンチャー・キャピタル出身のTan氏は政治的な立ち回りに非常に長けている。2017年、シンガポールにある本社を米国に移転させるという発表をして、米国に雇用を引き戻そうとするトランプ米大統領と笑顔で写真に納まっているニュースが日本でも報道された。いかにも技術者集団のQualcommとこのCEOに率いられる複数民族の集まりのようなBroadcomでは文化の違いは明らかである。強引な買収に成功しても肝心なエンジニアを失う可能性だって十分に考えられる。あるいは、QualcommのNXP買収が完了する前にNXPとQualcommを別々に買ってしまうことも考えていないとは限らない。

これら複雑な事情を考えながら会社のかじ取りをするQualcommのCEOのSteve Mollenkopf氏とその幹部たちは一日48時間働いても足りないほどの忙しさであろうが、上昇する株価が大きなモティベーションになっていることは間違いない。

(後編は2月19日の掲載予定です)

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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