レッツノートおよびタフブックは、いずれもパナソニックの自社工場で生産している。
レッツノートは、兵庫県神戸市の神戸工場で全量を生産。タフブックは台湾・新北市の台灣松下電腦股份有限公司(台湾工場)で、全世界に向けて出荷するすべての製品を生産している。
まずは、今回と次回の2回に渡り、レッツノートの生産を支える神戸工場にフォーカスする。
パナソニックにおける情報通信機器の「総本山」
パナソニック コネクト モバイルソリューションズ事業部 神戸工場は、兵庫県神戸市にある。
三宮駅から、神戸市営地下鉄西神・山手線で約40分。終点となる西神中央駅の北側に広がる西神インダストリアルパーク内に、最大規模を誇る企業として、1990年に稼働したのが神戸工場だ。西神中央駅からは、車で約5分の位置だ。
西神インダストリアルパークは、西神ニュータウンに隣接し、日本初の職住近接型の大型工業団地として整備され、緑豊かなエリアとなっているのが特色だ。現在では、西神インダストリアルパーク内にデータセンターを設置している企業もあり、そこからも強固な地盤の上に作られた工業団地であることがわかる。
神戸工場は、5万7000平方メートルの敷地内に、2万7000平方メートル延床面積を持つ生産棟、物流棟などで構成。基板実装からパソコンの組み立てまでを行う一貫生産拠点となっている。
「MADE IN KOBE」による高い品質を実現するとともに、一品一様のカスタマイズが行える多品種少量変動生産に対応。また、開発拠点があった大阪・守口(現在は大阪・京橋)とは約1時間30分という近い場所にあることから、開発部門と生産部門が緊密な連携のもとに、モノづくりを進めることができる点も見逃せない。
同じ敷地内には、パナソニック キッチンソリューションBUの神戸工場があり、IHクッキングヒーターの生産を行っている。
神戸工場の建設計画がスタートした当初、パナソニックの谷井昭雄社長(当時)は、この地を「情報通信機器の総本山」にする考えを明らかにしていた。
まずはワープロ専用機の生産拠点として稼働したが、当初からパソコンの生産拠点として稼働させることを念頭に置いていただけでなく、情報通信機器事業に関わる研究開発から事業部門、生産機能までを集結した拠点へと発展させる構想があった。
対象としたのは、松下電器産業の情報機器本部だけでなく、松下通信工業(のちのパナソニック モバイルコミュニケーションズ)や九州松下電器(のちのパナソニックシステムネットワークス)などの情報通信事業も含まれており、これらの拠点を神戸工場に統合することが検討されていた模様だ。
1990年11月に、谷井社長は、神戸工場の社員に宛てた書簡のなかで、「ワープロをはじめとする情報通信分野は、松下(現パナソニック)の事業の大きな柱のひとつである。神戸工場の建設を新たな成長の機会としたい」と記している。
実は、今回の取材にあわせて、パナソニックは、当時の貴重な資料を公開してくれた。
それは、将来の神戸工場の全容を描いたパース図である。
図の中でハイライトされているところが、現在、モバイルソリューションズ事業部 神戸工場として、レッツノートを作っている生産棟である。計画によると、それと同じ棟を、合計で3棟建設し、さらに、左側部分にはオフィス棟を建設。駐車場や野球グランドなどを整備する予定であったことがわかる。
現在では、レッツノートを生産している生産棟の隣には、物流棟を設置(2007年に竣工)。オフィス棟の建設予定地分には、IHクッキングヒーターの生産棟が建てられている。また、オフィス棟の前のロータリーはなく、野球グランドもない。敷地の一部は、隣接するコニカミノルタに売却している。様々な要因が重なり、当初の計画は実現せず、現在の姿になったといえる。
「MADE IN KOBE」はこうして始まった
神戸工場は、1990年6月、日本語ワープロ専用機の生産拠点として稼働した。
1990年4月に、コンピュータ事業部から、ワープロ事業部が独立したのにあわせて、神戸工場での生産が始まったのである。当初は、ワープロ事業部神戸工場と呼び、基板実装設備も備え、組み立てまでの一貫生産を行う拠点として、最新鋭の生産体制によって稼働したのだ。
パナソニックのワープロ事業部では、プリンタを一体化したワープロ専用機として、「スララ(SLA-LA)」シリーズを展開していた時期であり、1990年4月に発売したスララ U1-PRO「FW-U1P503AIX」が神戸工場での生産第1号機となった。それまで、ワープロ専用機は門真工場で生産していたが、神戸工場の稼働にあわせて、これらを全面的に移管することになったのだ。
一方、パソコンの生産に関しては、一部機種の基板生産から開始している。
1990年度から、デスクトップパソコンの「CV-M750」と、ノートパソコンの「CV-M550N」の基板を生産し、これを大阪府門真市のコンピュータ事業部門真工場の組立ラインで、パソコンに基板を組み込み、最終製品は門真工場から出荷した。その後、海外向けノートパソコンの「CF-170」、「CF-270」、「CF-370」なども、神戸工場で生産した基板生産を採用していった。
このときは、コンピュータ事業部が、ワープロ事業部神戸工場に、基板生産を委託するという構図であったといえる。
神戸工場で、パソコンの基板実装から、組み立てまでの一貫生産を開始したのは、1991年5月のことだ。神戸工場を、ワープロ事業部とコンピュータ事業部による2事業部の生産拠点とし、パソコンの生産を本格的に開始することになったのだ。
最初に生産したのは、Panacomブランドで展開していたデスクトップパソコン「CV-M550」である。神戸工場で生産し、直接市場に出荷する体制がスタートしたのである。
その後、1994年5月に発売したマルチメディアパソコン「WOODY」も、神戸工場で生産し、徐々に国内での生産体制を一本化していった。
ちなみに、タフブックの前身となり、世界初のCD-ROMドライブ内蔵の堅牢ノートパソコンとなった「CF-41」も、神戸工場で生産されたほか、1993年10月から米国で発売したゲーム専用機「3DO REAL」も、神戸工場で生産されている。
レッツノートの生産を開始したのは、1997年10月のことだ。最初の製品は、8時間駆動を達成したミニノート「AL-N4」である。また、トラックボールを搭載した「AL-N2」も神戸工場で生産が行われた。さらに、この頃には、「CF-27」や「CF-71」などのタフブックの主力モデルも神戸工場で生産していた。その後、タフブックの生産は、台湾工場に移管。神戸工場は、レッツノートの生産を主力とする拠点となり、2023年9月には、神戸工場でのWindows OS搭載PC/タブレットの累計生産台数が1000万台に到達した。
現在では、レッツノートの生産のほかに、決済端末も生産している。これは、2025年9月に閉鎖した佐賀工場から移管したものだ。
国内生産の強み、独自の特徴、神戸工場はなぜ特別なのか
神戸工場は、国内生産の強みを生かした独自の特徴を持つとともに、生産以外にも重要な役割を持った生産拠点である。
ひとつめの特徴は、「柔軟・迅速」を実現する生産拠点であるという点だ。
パナソニックコネクト モバイルソリューションズ事業部 神戸工場の遠藤昇工場長は、「神戸工場の最大の特徴は、フレキシビリティである点」だと強調する。
一般的に、海外ODMなどを活用した生産では、最小ロット契約があり、一定数量の生産が前提となる。だが、パナソニックの自社工場である神戸工場では、1台の注文に対しても生産が可能な体制を整えている。
「様々なカスタマイズにも対応でき、さらに、数1000台単位の一括商談にも対応できる生産体制を持つ。また、追加で同じ仕様のパソコンが欲しいという場合にも、すぐに生産が可能である」とする。
2007年には、生産棟と直結する形で物流棟を設置。工場内にあった部品倉庫と外部にあったVMI倉庫を集約し、タイムリーなデリバリー体制および物流コストの削減を実現。24時間稼働している基板実装ラインでは、需要変動に応じた柔軟な生産が可能でる。
さらに、2026年4月に発売した「CF-SC7」、「CF-FC7」、「CF-NC7」では、画面サイズや筐体サイズが異なるものの、同一の基板を採用しており、この結果、基板実装における段取り替えの作業が大幅に減少。結果として設備を増強せずに、生産量を増やすメリットが生まれている。これも「柔軟・迅速」につながっている。
そして、1フロアで基板実装から組み立てまでを行える体制となっていることも、生産リードタイムの短縮に貢献している。現在、神戸工場の2階フロアだけで、レッツノートの基板生産から組み立てまでを完結。物流棟も2階同士が結ばれ、そこから直接部品が供給される。
「柔軟・迅速」を支える象徴的な取り組みのひとつが、神戸コンフィグレーションセンターだ。レッツノートを一括導入する企業を対象に、ソフトウェアのインストールやオプションの設定などを神戸工場内で事前に行い、直接納品するというものだ。
企業独自に作成したマスターを、各パソコンにインストールしたり、BIOSの設定やOSの初期セットアップを行ったり、ネットワーク設定、ストレージの暗号化設定なども行う。ここで作業を行うエンジニアは、全員、個人情報取扱に関する認定試験をクリアしており、それ以外の社員は入室ができないという万全なセキュリティ体制のなかで作業を行っている。
メーカーの生産拠点のなかで、高い技術力を持ったエンジニアたちが、専用のエリアでキッティングを行う仕組みであり、「柔軟・迅速」とともに、「信頼性」も実現している。
2つめの特徴は、「高品質」の実現である。
「高品質」では、各種耐久試験により、耐久性、信頼性を保証する取り組みがあげられる。
詳しくは、のちの連載で触れるが、神戸工場内には、10m電波暗室のほか、防水試験機、落下試験機、加圧試験機、熱衝撃試験機など、信頼性評価のための設備を数多く設置。新製品開発の段階において、これらの試験機を利用した過酷なテストを行い、独自の基準をクリアして製品化している。また、量産を開始したあとも、電波暗室での定期的な試験を行うほか、不具合が発生した場合には、開発部門と生産拠点が緊密な連携を取り、迅速に改善を図ることができる。
生産拠点の神戸工場と、開発拠点の大阪との距離は、自動車で約1時間である。そのため、設計段階から生産スタッフが一緒になって作業を進め、生産上の課題を事前に解決したり、信頼性の高いものづくりにつなげたりすることが日常的に可能だ。海外生産を行っているパソコンメーカーとの大きな違いがここにある。
レッツノートは、過酷なモバイル環境において利用されることが多い。レッツノートに求められる要件に合致した基板や製品を、開発、生産できるのは、この距離感が生み出すものだといってもいいだろう。
また、顧客の声を反映した改良や改善にも取り組んでいる。神戸工場内には、保守契約を結んだ法人顧客や、「Panasonic Store Plus(パナソニックストアプラス)」モデル向けのコールセンターを設置しており、困りごとや修理の相談を、生産スタッフが直接、聴くことができるようにしている。ここで収集した声や、不具合の状況を、開発部門および生産部門に迅速に伝え、改善を図ることができるようになっているのだ。
神戸工場では、同社独自の製造情報ネットワーク品質管理システム「KISS(Kobe Intranet Solution of Super-Production)」が稼働している。これも、レッツノートの高品質に大きく貢献している。
基板に印字されたQRコードで、すべての生産工程から製造後の修理までを一括管理しており、すべてのレッツノートの生産履歴を、生産日時や部材ロット単位で把握。不良および障害情報を自動的に知らせる仕組みを採用しているほか、品質を保証する製品履歴書の作成、生産プロセスごとの点検と修正、ネットワーク化や情報のウェブ化による生産品質情報の共有などを行い、レッツノートの品質を厳密に管理している。
これまでにもCPUに不良が発生したり、部品に不具合が発生したりといったことがあったものの、徹底した品質管理によって、どこからどこまでの製品が不具合の対象になっているのかを明確に特定して情報を発信。影響範囲を最小限に留めることができるという。正しい情報を迅速に発信することで、結果として、ユーザーに安心を与えることができるというわけだ。
「お客様にとっては、不具合情報が、グレーゾーンのなかで伝えられるのが最も困る。万が一、不具合が発生した際には、生産や修理履歴を追跡することで、その範囲を特定し、迅速な原因究明と対応が可能な体制が整っている」(神戸工場の遠藤工場長)
これも「高品質」に向けた取り組みのひとつだといえる。
工場は「モノづくり」を未来へつなげる「体験型ショールーム」
神戸工場のもうひとつの重要な役割が、「体験型ショールーム」であるという点だ。
神戸工場は、法人ユーザーなどを対象に、それぞれの使用環境を再現した空間で、レッツノートとタフブックの品質を実際に体験できる体験型ショウルームを設置。さらに、実際に導入する予定のレッツノートのモノづくりを、直接見ることができたり、過酷な試験を繰り返し実施している様子を見学したりできる。また、30年間に渡るレッツノートおよびタフブックの歴史を知ることや、軽量化や堅牢性へのこだわりを知ることができる展示も用意している。こうした取り組みは、商談の場としても有効な役割を担うことになる。
また、神戸工場は、パナソニックが世界トップシェアを持つ電子部品実装機や、サプライチェーンマネジメントソフトであるBlue Yonderを活用している拠点でもあり、その観点からもショールームとしての役割を果たしている。
「見る」から「体験・体感」できる工場へと進化しているのが、神戸工場の「体験型ショールーム」というわけだ。
「体験型ショールーム」という観点で、ユニークな取り組みが2つある。
ひとつが、毎年夏に開催している「手づくりレッツノート工房」である。親子が一緒になって、レッツノートの組み立てに挑戦するというもので、日本のパソコン工場を持つパナソニックならではの取り組みといえる。
2002年7月に第1回目を開催した「手づくりレッツノート工房」は、コロナ禍では一時的に休止したものの、その後、再開して、2026年8月には、23回目を開催。31組の親子が、2026年4月に発売した「SC7」と「FC7」の組み立てを行い、全員が無事に完成させた。
毎年、定員数を大幅に上回る応募がある人気イベントで、モノづくりという観点からレッツノートを体験してもらうことができるユニークな機会として定着している。
ちなみに、名称に「手づくり」という言葉を使っているのは、神戸工場の社員たちが、ひとつひとつ手でつくりあげたイベントであることともに、パナソニックの「モノづくりのDNA」を受け継ぐイベントにしたかったという思いが込められているという。
いまでは夏休みになると、いくつかのパソコンメーカーが、パソコン組み立て教室を開催しているが、実は、このイベントを最初に開催したのがパナソニックである。
では、なぜ、パナソニックは、「手づくりレッツノート工房」を開始することにしたのか。その経緯を振り返ってみたい。
2001年度に、パナソニック社内では、多様性推進室の活動の一環として、各部門から社員が参加し、本来業務と並行しながら、約半年間のグループ活動を開始した。その活動のひとつとして、ソフトウェア設計、マニュアル開発、神戸工場製造、人事担当者、広報担当者の5人で構成したグループにおいて、「パナソニックパソコンの認知向上」をテーマにした活動を行った。そのチームが企画したのが、パソコン教室およびタッチ&トライイベントの開催であった。
とくに、パソコン教室は、廃校になった京都府井手町の井手町立井出小学校有王分校を会場に選んで開催。町役場との共催した夏休み企画と位置づけたユニークな内容だった。町内にはポスター掲示を行い、参加者を募集。約10人の子どもたちが、この企画に参加した。
パソコン教室の内容は、カラープリンタを内蔵したノートPC「PRONOTE CF-110P」(海外ではタフブックブランドで販売)を使用し、作品を制作し、印刷したのに加えて、パソコンを分解して展示し、実機を使って内部の構造を説明。さらに、参加した生徒に、パソコンの組み立てを体験する機会も用意した。当時、パソコンメーカー自らが、パソコンを分解して、内部構造を説明するというイベントとしては異例ともいえる企画だった。しかも、このとき持ち込んだのは、試作モデルだったというエピソードも残る。
子供たちの組み立て作業は、現在の「手づくりレッツノート工房」のように、細かい作業はなく、いくつかのユニットを、ネジで止めるといったシンプルなものだったが、電源を入れて、パソコンが無事に起動したときに、参加者全員が思わず拍手して、大きな盛り上がりをみせたことが印象的だった。
この異例ともいえる盛り上がりを社内で報告したところ、当時の事業部長から、「それほど好評なら、神戸工場で本格的にやってみてはどうか」との提案があり、神戸工場長に対する提案が行われることになった。分校で開催したイベントに、神戸工場の製造担当者が関わっていたことも、話を前に進める上では大きな原動力となった。
議論を重ねるうちに、「パナソニックのパソコンを知ってもらいたい」と考える神戸工場の社員の想いが実り、2002年7月に、第1回目の「手づくりレッツノート工房」が開催されたのだ。それがまもなく四半期世紀の歴史を迎える。いまや神戸工場の定番企画として欠かせないものになっている。
神戸工場を舞台にしたもうひとつの取り組みが、大学生がモノづくりを体験できる「PCカレッジ」である。
大学1年生を対象に、神戸工場で実施する「PCカレッジ」は、レッツノートの組み立てを通じ、モノづくりに触れる機会となるだけでなく、学生は自分で組み立てたレッツノートを在学中の4年間使い続けるという仕組みとなっている。愛着を持ったレッツノートで大学生活を送ることになり、同時にレッツノートのファンを増やす場にもなっているようだ。
2004年からスタートした「PCカレッジ」の企画は、実は先行した「手づくりレッツノート工房」の成功が影響している。
パナソニックシステムソリューションズジャパン(現パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー)では、出展したある展示会のブースの一角にパソコンを展示。その際に、「手づくりレッツノート工房」の資料も用意していたという。
そのとき、ブースを訪れた武蔵工業大学(現東京都市大学)の教員の目に留まり、学生向けに展開できないかと相談。社内で検討を開始したことが「PCカレッジ」の始まりとなっている。
同大学の工学部の学生が、実際のモノづくり現場を体験しないまま、社会に出ることを課題に感じた大学側が、フレッシャーズキャンプ(入学時のオリエンテーション)の一環として、関西での実習を企画。その一環として神戸工場でのパソコンの組み立てを実施することを検討しはじめたことで、企画の実現に向けた動きが大きく前進したという。
実際、レッツノートの組み立てをしてみると、、工学部でありながら、ドライバーに慣れていない大学生の姿が見られ、第1回目の「PCカレッジ」では、ネジの締めすぎで、キーボードが数十枚も破損したという「事件」が発生したという。
その一方で、「PCカレッジ」を通じて、パソコンのモノづくり現場を体験できるというメリットだけでなく、大学からの要望に応じて、パソコンに関する授業を実施し、最新テクノロジーに触れる場も提供。ほかの学科の学生同士の交流が深まり、学生同士の打ち解けが早まるというメリットも生まれたという。





























