タフブックの生産を行っているのが、台湾・新北市の台灣松下電腦股份有限公司(パナソニックAVCネットワークス台湾=PAVCTW)である。パナソニックコネクト社内では、「台湾工場」と呼んでいる。

歴史的に刻まれるパナソニック台湾工場の歩み

台湾工場は、1990年12月に、パソコン事業を行う特別プロジェクト室の生産拠点として操業したのがはじまりだ。

1962年10月に設立したパナソニック台湾(PTW)と同じ敷地内にあり、この場所は、台湾におけるパナソニックグループ最大の拠点となっている。

  • 台湾・新北市のパナソニック台湾(PTW)と同じ敷地内に台灣松下電腦股份有限公司がある。一番奥の棟が台湾工場だ

    台湾・新北市のパナソニック台湾(PTW)と同じ敷地内に台灣松下電腦股份有限公司がある。一番奥の棟が台湾工場だ

パナソニックは、台湾で高いブランド認知度を誇るが、パナソニック台湾は、その歴史を象徴する拠点だといえる。実際、パナソニック台湾は、台湾に進出した最初の日系企業の生産拠点であるともいわれている。

タフブックを生産する台湾工場の話に触れる前に、パナソニック台湾に触れておきたい。

パナソニックグループでは、1961年に、「世界的な視野に立って考え、全世界を対象に仕事を進める」という方針を打ち出し、輸出活動とともに、海外諸国への技術援助、海外工場の建設を積極的に開始。1961年に、戦後初の海外生産会社として、タイに「ナショナル・タイ」を設立したのに続いて、1962年に設立したのがパナソニック台湾(当時は台湾松下電器)だ。

パナソニック台湾では、操業とともにラジオやレコードプレーヤー、スピーカーの生産を行い、1963年にはトランジスタラジオや炊飯器、白黒テレビなどへと生産を拡大。その後、冷蔵庫や洗濯機、エアコン、カラーテレビ、トースターのほか、コンプレッサーやモーター、変圧器などの主要部品の生産も開始した。1975年からは米国への輸出も開始し、1976年からは東南アジアへの輸出も開始。オーストラリアや中東にも輸出の範囲を広げ、事業を拡大していった。

また、1984年には、コンピュータ用端末装置の生産を開始したほか、自動車用オーディオの輸出を開始。1985年には生産していたビデオを日本へ輸出するといった取り組みも開始した。まさにグローバル戦略において、重要な役割を担ってきた拠点なのだ。

資料によると、1993年には、パナソニック台湾におけるビデオデッキの累計生産台数が50万台、冷蔵庫の累計生産台数が200万台、ラジカセの累計生産台数が5000万台を達成。1994年には、軸流ファンの累計生産台数が1000万台、自動車用オーディオの累計生産台数が500万台、スピーカーの生産台数は2億台に到達したという。そして、1995年にはモーターの累計生産台数が3000万台に達した。

このように、パナソニックグループの重要な生産および販売拠点として、確固たるポジションを築き上げるなかで、1990年12月に、パナソニック台湾と同じ敷地のなかに、新たな生産拠点として、パソコンの生産に特化した形で設立したのが、パナソニックAVCネットワークス台湾(台湾工場、当時は松際電脳股份有限公司=PANASONIC COMPUTER(TAIWAN) CO.,LTD)なのだ。

かくして、台湾工場はタフブックの世界拠点となった

台湾工場は、先に触れたように、特別プロジェクト室の生産拠点としてスタートした。特別プロジェクト室は、IBMから、PCの開発、生産委託を受けていた部門であり、日本IBMのIBMマルチステーション5550などをOEM生産していた経緯がある。

  • 1990年12月に開かれた松際電脳股份有限公司のSPO(特別プロジェクト室台湾工場)成立大会の様子

    1990年12月に開かれた松際電脳股份有限公司のSPO(特別プロジェクト室台湾工場)成立大会の様子

  • SPO成立大会での記念撮影

    SPO成立大会での記念撮影

  • 同日に開かれた成立慶祝酒會(設立記念レセプション)で挨拶する台灣松下電腦股份有限公司の初代総経理である林新三郎氏

    同日に開かれた成立慶祝酒會(設立記念レセプション)で挨拶する台灣松下電腦股份有限公司の初代総経理である林新三郎氏

  • 台湾工場の操業当時の様子。デスクトップパソコンの生産を行っている

    台湾工場の操業当時の様子。デスクトップパソコンの生産を行っている

台湾工場においては、IBM向けデスクトップパソコンの基板の生産や組み立てを行っていたほか、IBM互換機を発売していた米パッカードベル(のちにNECが買収)が販売していたデスクトップPC「PB301」も生産していた。

また、1995年には、パナソニックが日本国内で販売していたマルチメディアパソコン「WOODY」の一部部材の供給も行っていた。

だが、この頃に、パナソニックは、IBMおよびパッカードベルとのOEM生産の契約が終了。そうした背景もあり、1996年9月に発売したタフブックの生産を開始。台湾工場は、自社ブランドのパソコン生産を本格化していった。

初代タフブックとなる「CF-25」は、神戸工場でも生産されているが、台湾工場でも生産されている。当時は、米国などへの台湾から完成品輸出に規制がかかっていたため、台湾工場で半完成品に仕上げ、神戸工場で完成させるノックダウン生産方式を採用していた。

台湾工場では、1998年6月から、タフブックシリーズのセミラグモデルとなる「CF-45」の生産を開始。1999年4月には「CF-47」、2000年10月には「CF-48」、2002年9月には「CF-50」、2003年5月の「CF-73」といったように、セミラグモデルの生産を担当。日本市場向けの液晶パネル2画面搭載デスクトップ型ダブルディスプレイモデル「CF-81」や、その後継機である「CF-82」も台湾工場で生産した。

当初は、タフブックのセミラグモデルの生産を中心としていた台湾工場であったが、2001年からは、主力となるフルラグモデルのユニットの生産を開始。2003年5月に、13.3型液晶を搭載した主力モデルの「CF-29」、180度の回転画面を採用した「CF-18」の生産を開始。生産機種を増やしていったのだ。

実は、台湾工場では、2001年9月に、コンベアによる生産ラインを廃止し、基板組み立てラインにも、PC組み立てラインにも、セル生産を導入するなど、生産体制を大幅に刷新している。

さらに、すべての基板を対象にした外観検査機の導入や、タフブック本体に0.1mmの精度で防水材を塗布するディスペンサーの導入に加えて、機構部品のベース組み立ても開始。さらに、タフブックに使用するマグネシウム部品を供給するマグキャビネット事業も開始した。

  • 2001年にはコンベアラインを廃止し、セル生産体制へと移行した(写真は当時の様子)

    2001年にはコンベアラインを廃止し、セル生産体制へと移行した(写真は当時の様子)

  • 2003年にタフブック本体に0.1mmの精度で防水材を塗布するディスペンサーを導入。台湾工場だけが持つ設備だ

    2003年にタフブック本体に0.1mmの精度で防水材を塗布するディスペンサーを導入。台湾工場だけが持つ設備だ

2003年1月には、社名を「松際電脳」から「松下電脳」に変更。まさに、名実ともに進化を図ったタイミングであったといえる。ちなみに創業時の「松際」の名称には、松下国際という意味があったという。

2005年11月には、生産リードタイムの短縮を実現し、工場からの直送体制を敷き、プラス1日で顧客に配送。2005年12月には、神戸工場のKISS(Kobe Intranet Solution of Super-Production)と同様の仕組みを持つ生産品質情報システム「TISS(Taiwan Intranet Solution of Super-Production)」を稼働。品質管理の水準を大きく引き上げた。

2006年からは、タフブック向けおよびレッツノート向けのマグキャビネットの全量を台湾工場から供給。基板実装ラインを強化し、1005サイズ(長さ1.0mm×幅0.5mm)の部品への対応のほか、高精度リフロー炉の導入、鉛フリー実装への移行も実現した。さらにトレーサビリティシステムを導入することで、製品と基板、各種部品、生産ラインを連動させた品質管理を行えるようにした。

  • タフブックおよびレッツノートのすべての製品にマグネシウム部品を供給するマグキャビネット事業は台湾工場の特色のひとつ

    タフブックおよびレッツノートのすべての製品にマグネシウム部品を供給するマグキャビネット事業は台湾工場の特色のひとつ

  • 生産量の増加にあわせて基板実装ラインも強化していった

    生産量の増加にあわせて基板実装ラインも強化していった

  • 2006年にはトレーサビリティシステムを導入し、製品と基板、各種部品、生産ラインを連動させた品質管理を開始

    2006年にはトレーサビリティシステムを導入し、製品と基板、各種部品、生産ラインを連動させた品質管理を開始

台湾工場にとって大きな転機となったのが、2009年の世界貿易機関(WTO)の政府調達協定(GPA)に台湾が加盟したことだ。これにより、台湾で作られた製品を欧米政府にも販売できるようになったのだ。

タフブックは、欧米の政府機関にも数多く導入されていたが、それらの商談においては、神戸工場で生産したタフブックを納品していたが、台湾がGPAに加盟したことで、「Made in Taiwan」としての完成品が、米国政府などにも出荷できるようになった。GPA加盟国には、米国やEU諸国、シンガポール、スイス、イスラエル、ノルウエーなども含まれ、日本も対象になっている。

こうした追い風もあり、台湾工場は、タフブックの主力生産工場として発展。生産する品目も拡大していった。

2011年からは、台湾工場で生産するタフブックを4機種にまで拡充している。「CF-53」や「CF-53」、「CF-31」、「CF-D1」の生産を開始。基板実装ラインを新たに増設し、生産能力を強化したのに加えて、2013年には、Windows搭載の7型堅牢タブレット「FZ-M1」の生産も開始している。

2017年1月からは、北米市場向けにコンフィグレーションサービスを行えるエリアを新設。多品種少量生産に対応できる体制を整えたほか、2018年からは、主力モデルの「CF-33」の生産も担当することになった。

なお、コンフィグレーションセンターは、2022年からは、欧州市場向けのコンフィグレーションサービスを本格化。台湾工場のほか、英国カーディフ、米国カンザス、カナダ・トロントにもコンフィグレーションセンターを設置しており、顧客に近い場所でもカスタマイズ対応ができるようにしている。

  • パナソニック カナダに設置されているタフブックのコンフィグレーションセンター(2017年に撮影)

    パナソニック カナダに設置されているタフブックのコンフィグレーションセンター(2017年に撮影)

コロナ禍でも台湾工場は、柔軟性を持った生産体制により、「CF-55」、「CF-33」、「FZ-G1」、「FZ-M1」、「FZ-B2」などの主力機種の生産を継続し、「止まらない生産体制」を維持したという。

その背景には、台湾における政府主導の新型コロナ対策が成功した点が見逃せないが、パナソニックの台湾工場でも、生産現場における感染防止対策を徹底しながら、出荷を止めない努力が続けられた。また、従業員の体温測定や動線分離、シフト調整のほか、オンライン会議の導入などにより、現場部門と事務部門が一体化した推進体制を構築。オンライン連携やバーチャル工場見学などの新たな仕組みによって、パートナー企業や日本とのコミュニケーションを維持した。

台灣松下電腦股份有限公司の八波正洋総経理は、「コロナ禍でも、現場を見せるという文化を絶やさず、画面越しからもタフブックの品質を伝える工夫を行った。」という。

操業から35年、タフブック生産開始から30年、新たな進化

35周年を迎えた2025年には、新たなスローガンとして、「改變、應萬變、創未來」を策定。ここには、「自ら変化を起こし、あらゆる変化に対応し、それによって未来を築いていく」という意味を込めている。

  • 35周年を機に、新たなスローガンとして「改變、應萬變、創未來」を策定

    35周年を機に、新たなスローガンとして「改變、應萬變、創未來」を策定

八波総経理は、「操業から35年、タフブックの生産から30年を経過した長い歴史を持つ工場である。だが、実績だけが強みではなく、事業環境の変化やテクノロジーの進歩、お客様を取り巻く社会環境の変化も捉えながら、自らも変わり、変革をリードっていくことが大切である。こうした姿勢を持った生産拠点になることを目指している」と語る。

現在では、日本向けを含め、全世界に出荷するすべてのタフブックを、台湾工場で生産している。つまり、全世界で最も多くの堅牢パソコンを生産している拠点が台湾工場になるというわけだ。

台湾工場で生産しているタフブックは、北米への出荷比率が62%、欧州への出荷比率が23%、日本への出荷が8%(2024年度実績)となっている。そのほか、シンガポールやインドにも輸出している。なお、現在、台湾では、タフブック、レッツノートともに販売は行っていない。

このように、台湾工場は、神戸工場と同様に、基板実装から組み立てまでの一貫生産体制を構築し、多品種少量変動生産にも対応できるのが特徴だ。

台湾工場の面積は、1万4162平方メートルとなっており、従業員数は846人。そのうち、正社員が204人、派遣社員などが642人(いずれも、2026年3月時点)となっている。20年以上の社歴を持つベテラン社員も多く在籍し、台湾工場のモノづくりの強みを下支えている。

顧客の使用環境にあわせた仕様に作り込むことができる「一品一様カスタマイズ」や、B2Bユーザーの厳しい要求にも対応できるモノづくりの実現。自社工場ならではの多品種変量生産と、ダイレクト出荷を使うことで実現する短納期による「柔軟・迅速なモノづくり」、日本設計、日本品質による同一の評価環境を構築し、独自技術によりモノづくりを支える「高品質モノづくり」が、台湾工場の特徴となっている。タフブックに求められる防水レベルを実現するための専用製造装置など、台湾工場にだけ設置している設備もある。

また、2026年10月には、台湾工場内のショールームをリニューアルし、全世界の顧客に対して、タフブックのモノづくりの強みを、より広く訴求する体制を整えた。

「製品の性能や、パナソニックならではの品質へのこだわりを、実際に現場で見学してもらう環境を作っている。台湾工場は、ショールーム工場と位置づけ、お客様やパートナーに近い工場を目指している。2027年度は、年間100人規模の来場を見込む」と語る。

2025年9月には、台湾工場で生産したタフブックの累計出荷台数は450万台に達しており、2027年には、累計生産台数が500万台に到達することになりそうだ。

台湾工場の生い立ちを振り返ってみると、もともとはレッツノートの誕生につながる特別プロジェクト室の生産拠点としてスタートしたが、台湾工場ではレッツノートを生産したことがなく、ずっと神戸工場で生産を行ってきた。その一方、その神戸工場は、もともとはコンピュータ事業部の拠点であり、タフブックの発祥の地ともいえる場所である。当初はタフブックも生産していたが、現在はレッツノートを作る拠点となり、タフブックは全量を台湾工場で生産している。当初の設立経緯からすれば、その役割には逆転現象が起きているともいえる。

なぜ、タフブックは「台湾」だったのか

パナソニックが、台湾工場を設立した理由はいくつかある。

ひとつめは、台湾には多くの電子機器メーカーや半導体メーカーが集積しており、これらの企業との緊密な連携によって、部材の品質改善やコスト改善が進めやすいという点だ。

部品を開発、生産するベンダーに頻繁に出向き、情報を交換。ベンダーにおける「源流改善」にも乗り出しやすく、これにより、台湾だからこそ実現できる製造品質を達成している。さらに、部品の調達交渉やコスト交渉も直接現地で行えるため、コスト改善を加速できるという。

2つめは、中華圏の部品工場とも連携を図りやすいという地の利がある点だ。台湾に本社を置くベンダーを含めて、中国に生産拠点を置く企業が多いなか、台湾を起点にビジネスを進めることで、在華部品工場との連携がとりやすいというメリットが生まれる。もともと親日である台湾には、日本と連携しやすい環境や文化があり、そこから中華圏の企業や工場と連携を図ることができる効果は大きいという。

そして、3つめは、ドルベースでの調達によって、為替リスクを低減できることである。台湾の金融政策により、台湾ドルは、米国ドルに追随する形で為替変動することが多い。そのため、米国ドルベースでの調達や欧米への出荷などにおいては、日本から輸出するよりも為替リスクが少ない。

また、台湾のGPA(政府調達協定)加入により、欧米の政府案件に関しても、台湾で生産したタフブックが販売可能である。現在、台湾工場で生産したタフブックは、全世界に航空便で輸送。それぞれの地域ごとに提携している物流会社との連携によって、大部分をそのまま顧客に直送する体制になっているという。

さらに、「海外とはいえ、日本から訪れやすい距離感にある。頻繁に行き来をして、開発部門と生産部門が緊密な連携をとったモノづくりを進めている点も特徴のひとつ」と八波総経理は語る。

2026年6月に発売した「FZ-56」の最新モデルでは、設計段階から台湾工場が深く関与。台湾工場から複数の技術者が、初めて大阪・京橋の設計部門、開発部門に約1週間に渡り滞在し、生産の観点から意見をしたり、試作のレビューを行ったりした。一方で、量産化に向けては、設計部門のエンジニアが台湾工場に常駐し、工場の技術者とともに完成度を高めるといった作業も行っている。製品品質の向上や開発期間の短縮など、自社工場だからこそ実現できるメリットがここにある。

  • 台湾工場の現在の生産ライン。モノづくりのアップデートはこれからも続く(2026年11月撮影)

    台湾工場の現在の生産ライン。モノづくりのアップデートはこれからも続く(2026年11月撮影)

台湾工場は、次の進化に向けて新たな一歩を踏み出している。

現在、IoT活用をはじめとしたデジタル化、可視化、データ活用、AI活用によって実現するスマートファクトリー化に取り組んでおり、基板実装ラインの完全自動化を目指し、搬送の自動化などを進めている。さらに、今後は、工場自らが判断し、自律的に最適化と改善を行うオートノマスファクトリーへと進化させる考えだ。

八波総経理は、「タフブックは、堅牢性や信頼性を実現するために、複雑な生産プロセスを持つ。そのため、職人技によって組み立てている部分もある。自動化とのバランスを取りながら、モノづくりを進化させていきたい」と語る。

前回訪れた神戸工場と、今回の台湾工場は、それぞれの特徴を生かしながら、進化を遂げている。そして、2つの「自社工場」があるからこそ、レッツノートおよびタフブックという、他社には追随できないモノづくりが可能になっている。