前回は、極超音速飛翔体をレーダーで探知・捕捉・追尾するための課題と、シグナル処理を受け持つソフトウェアの改善によって能力向上を図る可能性を取り上げた。今回はその次のフェーズを紹介しよう。

探知・捕捉・追尾だけの話ではない

つい、素人目には「レーダーで探知・捕捉・追尾できれば迎撃可能では?」と思ってしまいそうになるのだが、そうではない。次の課題として、指揮管制装置における情報処理がある。

第86~87回で、艦艇が搭載する指揮管制装置を取り上げた。要は艦艇の「頭脳」にあたる部分で、レーダーをはじめとする各種センサーからデータを取り込み、それをとりまとめて状況図を生成・提示したり、探知目標に対する脅威評価を実施したり、指揮官の意思決定を支援したりするシステムのことだ。

知名度が高そうなところだと、イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)の中核であるC&D(Command and Decision)がある。レーダーの探知情報はC&Dに入り、そこで個々の探知目標ごとの脅威評価を実施して、交戦の優先順位をつけていく。

  • イージス戦闘システムの構成要素 資料:Lockheed Martin

具体的にはどうするか。連続的な追尾を行うことで、探知目標の針路と速力を把握できる。それに基づいてベクトルを伸ばしていけば、探知目標ごとの未来位置予測が可能な理屈となる。それに基づいて、脅威の度合を判断できるというわけ。

もちろん、真っ先に着弾しそうな探知目標が最優先の脅威だが、自艦のことだけ考えるのではなく「掩護すべき僚艦」のことも考えなければならないので話がややこしい。例えば、空母に随伴しているイージス艦なら、まず空母に着弾しそうな対艦ミサイルを叩き落とさなければならない。

つまり、脅威と、それが着弾しそうな相手の両方について天秤にかけて優先順を判断しなければならない。そうなると、それを実現するソフトウェアの開発に手間がかかるであろうことは容易に推察できる。その辺の事情は、脅威の種類が航空機だろうが対艦ミサイルだろうが、あるいは極超音速飛翔体だろうが、同じである。

しかも、最初に決めた優先順位のままで良いとは限らないから、さらにややこしいことになる。たとえあ、迎撃に成功して脅威が消滅すれば、2番手だった脅威が最優先に繰り上がる。新たな脅威が近隣からいきなり出現すれば(潜水艦が海中から対艦ミサイルを撃てば、あり得る話だ)、急に優先順位の高い脅威が出現することになる。脅威の側で針路や速度の変換が発生すれば、未来位置の予測は御破算・仕切り直しとなるので、これも優先順位の見直しにつながる。

すると、探知目標ごとに「トラック・ファイル」を作成してデータを管理しつつ、それぞれを連続的に探知・追尾して情報を更新する必要がある。それに基づいて、脅威評価を継続的にアップデートしなければならない。いかにも処理の負担が大きそうだし、迅速に処理しなければならないのは当然のこと。脅威の飛翔速度が速ければ、なおさらである。

処理が間に合わないと……

では、極超音速兵器を迎え撃つ場合はどうなるか。

基本的な考え方は、他の経空脅威を迎え撃つ場合と同じだが、なにしろ相手の飛翔速度が速い。すると、迎え撃つ側の情報処理速度が問題になる。弾道ミサイルと違って、途中で針路を変換する可能性が高いから、探知・追尾と脅威評価のアップデートを怠るわけにはいかない。しかも、それを相手の飛翔速度に見合ったスピードと頻度で行わなければならない。

以前にも書いた数字だが、仮に飛翔速度を5,000km/hとした場合、これを秒速に直すと1,389m。0.1秒なら138.9m。もしも、データ処理にコンマ一秒かかれば、その間に脅威は138.9m動いてしまう。飛翔速度がさらに速くなれば、それだけ状況は厳しくなり、時間的余裕はなくなる。

だから、指揮管制装置で使用するコンピュータの処理能力が問題になる。「レーダーで探知・追尾できれば迎撃可能、ではなくて~」という話を冒頭で書いたのは、そういう意味だ。探知・追尾に続く情報処理のフェーズで手間取ったのでは、交戦が困難になってしまう。

  • イージス戦闘システムで使用するコンピュータは、継続的に新しくなり、能力が向上している 資料:Lockheed Martin

しかも、コンピュータ自体の処理能力だけでなく、レーダー側のシグナル処理、レーダーと指揮管制装置の間のデータ伝送能力とその際の遅延、指揮管制装置で使用するソフトウェアの良し悪しなど、さまざまな分野が影響する。

イージス戦闘システムの場合、新たな機能の追加に伴う負荷増大への対策として、プロセッサの増設を実施してきた事例がある。イージスBMD導入に際して、BMD関連の処理を受け持つプロセッサを増設したのがそれだ。

もっとも、最新のAN/SPY-6(V)1 AMDR (Air and Missile Defense Radar)やAN/SPY-7(V)1は、トラック・データを生成するところまでレーダー側で面倒を見てくれる。だから、イージス戦闘システムの側でプロセッサを増強する必要はなくなった。イージス戦闘システムは、レーダーから受け取ったトラック・データに基づく脅威評価と、その後の交戦に専念できる。

なお、指揮管制装置で使用するソフトウェアや、周囲に組み合わせる他のシステムと接続するためのインタフェースは、次回に取り上げる予定の話にも影響することを付言しておく。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。