商品として「AとBが対戦する」という内容のゲームを作る場合、プレーヤーがAを選んでもBを選んでも勝てる可能性があるようにしたい。そうでなければ商品として成り立たなくなってしまう。そこで問題になるのが「ゲームバランス」という考え方である。さて、それを軍事にどう生かすのか。

ゲームバランスをアンバランスに

「ウォーゲーム」と聞くとなにやら物騒な感じがするし、人によっては「ゲーム感覚で戦争をするな」と怒り出すことがあるかもしれない。しかし、これは「ゲーム」という言葉の解釈の問題で、軍事の世界では早い話が図上演習のことである。

普通、図上演習では参加者が二手に分かれて対戦する。つまり、パソコンでプレイする「コンピュータ・ウォーゲーム」における通信対戦みたいなものだ。本物の人や車両や航空機を動かす代わりに、戦場に見立てた地図の上で駒を動かす。

昔なら、いざ交戦となった時の命中判定ではランダムに結果が出るようにサイコロを振っていたが、今ならコンピュータによる判定を用いている(なお、サイコロが出した命中弾の数字を、勝手に3分の1に値切ってはいけません)。

さて。米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)がノースロップ・グラマン社に、「ゲームブレーカー」という研究案件の契約を発注した。2020年8月のことだ。

DARPAの説明によると、このプログラムの狙いは「人工知能(AI : Artificial Intelligence)を開発・適用して、既存のゲームにおいてゲームバランスに影響するパラメータを拾い出し、それを新たな戦術や能力の実現、ゲームの不安定化につながるようなルール改変につなげること」だという。

普通、ゲームの開発に際しては双方のプレーヤーのどちらにも同等に勝機をもたらせるように、対等になるようなゲームバランスを設定する。それがゲームソフト開発に際しての勘所でもある、というのがDARPAの説明。裏を返せば、その勘所を知ることで、「どこをいじればバランスが崩れるか」が見えてくるのではないか。

ゲームソフトだったら、それは開発者の頭の中に何らかのロジックとして存在している。しかしそれは開発者が知っているだけで、外から見る限りでは分からない。それをAIに解析させられないだろうか、というのが「ゲームブレーカー」計画の狙いと思われる。

既存のゲームを実験台にして、ゲームバランスに影響するさまざまな要因を拾い出し、パラメータを変えながら試行する。それを大量に繰り返し実行することで、影響が大きいパラメータ、影響が小さいパラメータが見えてくるのではないか。

  • ノースロップ・グラマンは、戦争ゲームにAIを適用して、複雑なモデルを打ち破り、軍事戦略を強化している 写真:Slitherine Software

    ノースロップ・グラマンは、戦争ゲームにAIを適用して、複雑なモデルを打ち破り、軍事戦略を強化している 写真:Slitherine Software

  • ゲームブレーカーに採用されているゲーム「CommandProfessionalEdition」の静止画像 写真:Slitherine Software

    ゲームブレーカーに採用されているゲーム「CommandProfessionalEdition」の静止画像 写真:Slitherine Software

ゲームバランスに関わるパラメータを拾い出すことの意味

これを実戦の場に応用するとどうなるか。実戦ではゲーム以上に複雑な要因が絡み合い、想定していないような “摩擦” が生じて邪魔をするものだ。そういった諸要因を拾い出して、都合がいい方向に利用することができれば、戦略の面でも戦闘の面でも、ことを有利に運べるかも知れない。

それをいきなりAIにやらせようとしても、敷居が高そうではある。そこでまず、既存のゲームを使って試してみる。そこでノウハウや知見が得られたら、それを実戦の場に応用していく。DARPAが考えているのは、そういうことではないだろうか。

パラメータをいじってゲームバランスを調整する――これは、なにもゲームソフトに限った話ではない。自動車レースのレギュレーションも同じである。特定のメーカー、特定のチームが有利になり、いつも勝者が同じということになってしまえば、興行として成り立たなくなる。だから毎年のようにレギュレーションを見直して、ゲームバランス(という言葉は使っていないけれど)を調整している。

ところが生憎と、戦場に「公平に勝てるようにするためのレギュレーション」なんてものはない。自軍が有利になる方法があれば、それが正義である。51:49でギリギリ勝つ必要はない。100:0で完勝できればその方が良い。勝てば官軍である。

その結果に影響するパラメータを拾い出し、有利に活用することができれば、実戦を有利に運ぶ役に立つかもしれない。人間の手で、試行錯誤したり過去の戦史を研究したりしながら「自軍が有利に勝つための条件」を見出していくのもひとつのアプローチだが、経験と知見が求められる上に、手間もかかる。

もしも、AIの活用によって、そのプロセスを迅速化できることになれば、これはなかなか面白い話だ。ひょっとすると、軍事以外の分野にも成果をスピンオフできるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。