今回は、ここ1~2年ぐらいの記事やメーカーのプレスリリースから拾ってみた、軍事における具体的な人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用事例を眺めつつ、「こういう分野で多用されている」という傾向を拾ってみようと思う。

目標の識別

すでに第318回で、米海空軍の空対艦ミサイル「AGM-158C LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)」が誘導制御にAIを活用している、という話を紹介している。具体的な内容は公になっていないが、AIを活用するのであれば目標識別ではないか、というところまで書いていた

  • ロッキード・マーティンの空対艦ミサイル「LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)」 写真:ロッキード・マーティン

    ロッキード・マーティンの空対艦ミサイル「LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)」 写真:ロッキード・マーティン

LRASM以外でAIの活用を明言している精密誘導兵器としては、イスラエルのラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズ社が開発した誘導爆弾「SPICE 250」がある。AIと深層学習を活用した自動目標識別(ATR : Automatic Target Recognition)機能を持たせているとの触れ込みである。ちなみに、SPICEはSmart, Precise-Impact, and Cost-Effectiveの略で、香辛料とは関係ない。

この誘導爆弾は、目標を捕捉する手段として電子光学センサーを備えている。すると、可視光線映像、あるいは赤外線映像の形で目標を捕捉することになる。もちろんデジタル化されているから、映像はなにがしかのビット列になる。

近年、デジタルカメラの業界では「瞳認識」や「動物認識」など、特定の被写体を自動的に検出して、そこにピントを合わせます、という機能を謳う製品が増えている。考え方はそれと似ているが、対象が違う。瞳にピントを合わせる代わりに、たとえば敵の軍用車輌を見つけて爆弾をヒットさせる。

といっても、口でいうほど簡単な話ではない。軍用車輌といっても車種はたくさんあるし、ときには民間用の車両がターゲットになるかもしれない。ゲリラ組織やテロ組織では、民生品のピックアップトラックをよく使っているからだ。しかも、同じ被写体でも季節、背景、時間帯により、見え方は違ってくる。だから、さまざまな被写体のさまざまな見え方に関する映像データを集めて、学習させなければならない。

同じラファエルのターゲティング・ポッド「LITENING 5」でも、得られたデータを地上側の処理システムに送り、そちらでAIを活用して目標を拾い出す機能を用意しているという。こちらも電子光学センサーを備えているのは同じだから、基本的な考え方は誘導爆弾「SPICE250」と似ていると推察される。

つまり、事前に「この目標はこういう風に見える」というデータを大量に食わせて、学習させておくことで、実際にセンサーが捕捉した映像データから、学習済みの目標を拾い出そうということではないか。

  • ターゲティング・ポッド「LITENING」。LITENING 5は、このシリーズの最新モデル 撮影:井上孝司

    ターゲティング・ポッド「LITENING」。LITENING 5は、このシリーズの最新モデル

逆に、バックグラウンド・ノイズを排除することで目標を拾い出す使い方もある。第341回で取り上げたUAV探知システム「ドローン・ドーム」がそれだ。

予防整備における活用

AIが役に立ちそうな分野の1つに、「過去のデータの蓄積に基づく予察」がある。

何も軍の装備品に限ったことではないが、整備に際してはTBM(Time Based Maintenance)、つまり「一定の期間あるいは運用時間が経過するごとに、点検・整備・部品交換を実施する」という形が主流になっている。クルマの車検が典型例だ。その「一定の期間あるいは運用時間」は、設計データあるいは過去の経験に基づいて決めているわけだが、場合によっては「まだ交換しなくてもいい部品を交換する」といった事態が生じてしまう。

そこで出てきた考え方がCBM(Condition Based Maintenance)、つまり「モノごとに、実際の状況に応じた点検・整備・部品交換を行う」という考え方。必要なときに必要なことをやるようにすれば、効率化と経費節減になるという理屈になる。

ただしCBMが成り立つには、その「実際の状況」を的確に把握できなければならない。それに、トラブルが起きてから整備に回すのでは具合が悪いから、「そろそろ点検・整備・部品交換が必要な状況ではないか?」と事前に予察できるようにしたい。そうすれば、事後対処ではなくて予防整備が可能になる。

そこで、機器についてセンシングしてデータをとり、それをAIによって解析することで予察につなげようという話が出てくる。一例を挙げると、米空軍ではERCM(Enhanced Reliability Centered Maintenance)という計画を進めている。AIと機械学習を活用して整備データを解析、不具合発生時期の予測につなげることを企図したものだ。

ERCM計画では最初に、C-5、KC-135、B-1Bの3機種で試行した後で、2020年7月13日に対象機種の拡大を発表した。その陣容は以下の通りで、主力機の大半が含まれている。航空機だけでなく、ICBMも対象に含んでいるのが面白い。

  • F-15
  • AC/MC-130
  • B-52H
  • C-17A
  • RC-135
  • CV-22
  • HH-60G
  • MQ-9
  • F-16
  • RQ-4
  • A-10
  • LGM-30ミニットマンIII

一方、米海兵隊でも同じような動きがある。こちらではレイセオン・テクノロジーズが、AI分野のソフトウェアを手掛けているUptakeという会社と組んで、米海兵隊のM88装甲回収車を対象とする予防整備の実現に乗り出すことになった(装甲回収車とは、故障や戦闘被害で動けなくなったり、壊されたりした戦車を後方に引っ張って回収するとともに、修理するための車両だ)。

車上でのデータ記録・処理・搬送をレイセオン・テクノロジーズが、データ解析とコンポーネント・レベルの予察をUptakeが、それぞれ担当する図式になっている。データの搬送にはセキュアWiFiを使用する。これも、TBMからCBMに移行することを企図した動きである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。