前回は、ロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズ部門が手掛けているレーダー製品の概要と、そのうちSバンドのアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー製品で土台になっているLRDR(Long-Range Discrimination Radar)の構成について書いた。今回はその続きである。

サブアセンブリの共用化

前回にも述べたように、ロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズ部門が手掛けているSバンドのアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー製品は、LRDRだけではない。日本向けのイージス・アショアや、スペインの新型フリゲートF-110型、カナダの新型水上戦闘艦・CSC(Canadian Surface Combatant)で使用する、AN/SPY-7(V)シリーズもある。

  • ハワイ州のカウアイ島にある陸上配備型迎撃システム「イージス・アショアの試験施設 写真:ロッキード・マーティン

    ハワイ州のカウアイ島にある陸上配備型迎撃システム「イージス・アショアの試験施設 写真:ロッキード・マーティン

  • カナダの新型水上戦闘艦「CSC(Canadian Surface Combatant)」 写真:ロッキード・マーティン

    カナダの新型水上戦闘艦「CSC(Canadian Surface Combatant)」 写真:ロッキード・マーティン

これらはそれぞれ、求められる能力やサイズに違いがある。すると何が大事なのかといえば、スケーラビリティである。その点、小さな送受信モジュールのサブアセンブリを束ねて構成するアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーは有利である。なぜか。

「探知距離は短めでもいいからコンパクトなレーダーが欲しい」という場合には、少数の送受信モジュールを束ねる。「強力なレーダーが欲しい」という場合には、多数の送受信モジュールを束ねる。個々の送受信モジュールが単体で完結した構成になっているから、そういうことができる。

おそらく、以下の順番でサブアセンブリの数が増えると思われる。サブアセンブリが増えれば能力は向上するが、大きく、重くなり、消費電力も増える。だから、なにかしらのトレードオフは不可避だ。

  • (↑少ない)
  • カナダ海軍のCSC向け
  • スペイン海軍のF-110フリゲート向け
  • 日本のイージス・アショア向け
  • LRDR
  • (↓多い)

もちろん、アンテナのサイズや、そこに組み込むサブアセンブリの数が変われば、サブアセンブリを組み込んで固定するストラクチャーは個別に設計する必要がある。

しかし、ストラクチャーに組み込むサブアセンブリを共通化できれば、量産化メリットを発揮できるのでコストダウンにつながる。実際、LRDRもAN/SPY-7も、使用するサブアセンブリは同じである。

将来、もっと性能のいいサブアセンブリができれば、サブアセンブリだけ新しいものに取り替えて性能向上を図ることもできる。現行のサブアセンブリは窒化ガリウム(GaN)の送受信モジュールを使用する最先端の製品だが、それで進歩が止まるわけではない。

難しいポイントもいくつかある

スケーラビリティを考慮に入れると、使用するサブアセンブリの数が変わる度に、制御用ソフトウェアのコードを全面的に書き直し、なんてことは許されない。同じソフトウェアのままで、サブアセンブリの増減に対応できるようになっていて欲しいところだし、実際、そうなっている。

アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーの利点として、一部のサブアセンブリが故障しても、残ったサブアセンブリで動作を継続できる点が挙げられる。ということは、レーダー制御用のソフトウェアは、「どのサブアセンブリが機能していて、どのサブアセンブリが機能できないか」を知り、それに合わせる必要もある。

面白いのは、このサブアセンブリ、レーダーが動作している時でも、裏ぶたを外してホットスワップが可能になっていること。取り外しも取り付けも、数十秒あればできる。

ということは、制御用のソフトウェアには、「サブアセンブリの取り外し」「新しいサブアセンブリの取り付け」を検出するとともに、使えない、あるいは外されているサブアセンブリを除外しながら動作を継続する。そういう仕組みも求められる。もちろん、故障したやつの代わりに新しいサブアセンブリを組み込んだら、それを検出して使用を再開する必要もある。

ホットスワップは、AN/SPY-1みたいなパッシブ・フェーズド・アレイ・レーダーでは実現できない芸当。なぜなら、1つの送受信機から導波管が枝分かれして、移相器(フェーズ・シフター)を介してアンテナごとの送受信を制御する仕組みだから。これだと、送受信機とアンテナがワンセットというわけではないから、一部だけ取り外すわけにもいかない。

ハード的な難しさとして、フェーズド・アレイ・レーダーでは高い平面性が要求される点がある。同一平面上に並んでいるはずの個々のアンテナが、実はずれてました。ということでは探知精度が落ちて仕事にならない。

LRDRのストラクチャーはいかにも頑丈そうだったが、AN/SPY-1レーダーでも、フレームは相当に強固に作られているようだ。もちろん、完成したレーダーを取り付ける軍艦の上部構造物、あるいは陸上の建屋もまた、高い剛性と平面性を備えていることが求められる。

難しい点があれば、利点もある

いろいろ難しい点がある代わりに、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーにはメリットもある。送受信モジュール、それを中核とするサブアセンブリ、それらを制御するソフトウェアといった構成要素が完成して熟成できれば、前述したようにさまざまな展開が可能になる。

そこで重要なのは、オープン・アーキテクチャ。イージス武器システムを構成するレーダーは、いまやAN/SPY-1シリーズだけではなく、AN/SPY-7も、レイセオンのAMDR(Air and Missile Defense Radar)もある。逆に、AN/SPY-7を組み合わせる相手はイージス武器システムだけではない。

すると、「特定の機種の組み合わせでしか使えません」では仕事にならない。さまざまなレーダーと戦闘システムを組み合わせることを前提として、ハードもソフトも設計しなければならない。

ただ、オープン・アーキテクチャ化によってインテグレーションの作業が容易になったとしても、それが正常かつ意図した通りに機能するかどうかを確認する試験は不可避だ。その分の追加負担は発生する。日本向けのイージス・アショアが、これに該当する。

大事なのは、その負担に見合った性能面などのメリットを引き出せるかどうかだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。