アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月着陸を目指して始動した、NASAの「アルテミス計画」。

連載第1回では計画の概要について、第2回では、計画のなかで重要な地位を占める民間企業の存在について紹介した。

「2024年までの有人月着陸を目指す」、そして「民間を最大限活用する」としたアルテミス計画は、突如として降って湧いたように思えるが、じつは紆余曲折はあれど、ブッシュ、オバマ大統領の宇宙政策から続く、10年以上の長い歴史を背景にもつ。

その意味でアルテミス計画は、2000年代から続いてきた米国の宇宙政策とNASAの計画の、集大成といえるかもしれない。

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    ドナルド・トランプ大統領と、マイク・ペンス副大統領。トランプ大統領は有人月探査の熱心な支持者として知られ、ペンス副大統領はその大統領の意向を受けて開催される「国家宇宙会議」の議長を務める(2018年6月18日撮影) (C) NASA/Bill Ingalls

アルテミス計画が成立するまでの経緯

突如として降って湧いたように思えるアルテミス計画だが、その発端は、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2004年に打ち出した新宇宙政策と有人月探査計画にまでさかのぼる。

「コンステレーション計画」と呼ばれたこのときの計画では、新型ロケット「エアリーズI(Ares I)」と「エアリーズV(Ares V)」、新型宇宙船「オライオン」、そして月着陸船「アルテア(Altair)」を開発し、2015年から2020年までの間に、有人月着陸をなしとげるとしていた。

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    ブッシュ政権時代のコンステレーション計画で開発されていた月着陸船アルテア。2020年までの有人月着陸を目指したが、次のオバマ政権で中止された (C) NASA

しかし、計画は大幅に遅れ、そしてオバマ政権に代わったこともあり、状況は一転。オバマ大統領はコンステレーション計画の中止を決定し、アルテアなどの開発も中止。2020年までの有人月着陸はなくなった。ただ、その代わりに、月や小惑星、火星も含めた有人探査の可能性を検討するとともに、そのための技術開発に注力するという方針となった。

その後、検討が進むなかで、オライオン宇宙船の開発は継続するとともに、新型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の開発も決定。そして、それらを使い、月の近くに小惑星を運んできて、そこに宇宙飛行士が訪れて探査することで、小惑星からの科学的知見と、深宇宙での有人活動の知見の両方を手に入れようとする計画も立ち上がった。

ところが、トランプ政権になり状況はさらにまた一転。オライオンやSLSの開発は継続となったものの、小惑星を運んでくる計画は中止。その代わりに、ふたたび有人月探査を中心に、そして明確に据えた方針に変わった。

トランプ大統領は「アポロ計画にはとても興奮した」と語るほど、また自身のスローガンである「Make America Great Again(アメリカをふたたび偉大にしよう)」と通じるところもあるためか、宇宙開発、とくに有人月探査にはかなり"お熱"で、2017年10月には「国家宇宙会議」を24年ぶりに復活させ、大統領・政権が直々に宇宙政策を進められる体制が組まれた(議長はペンス副大統領が務める)。

さらに同年には、「自分の現在の任期中にあたる、2018年に有人月飛行ができないか」とNASAに検討を命じたこともあった。このアイディアは最終的に、主に予算面から不可能と結論されたが、それでもトランプ大統領はなるべく早期の実現を目指し、有人月探査を強力に推進し続けた。

参考:2018年に有人月飛行が実現? - 突如浮上した「トランプ大統領のアポロ計画

このころNASAでは、SLSやオライオンの開発と並行し、「ゲートウェイ」の検討が進んでおり、そうした流れを踏まえ、「有人月着陸が可能になるのは2028年ごろ」という見通しを持っていた。しかし今年3月、国家宇宙会議において、「2024年までに有人月着陸を実施する」との方針が決定。つまりトランプ政権が主導する形で、「2024年まで」という期日の決まった明確なゴールが設定された。

これを受け、NASAは有人月着陸を4年前倒しする検討を進め、そして今年4月9日に「挑戦的だが、受け入れる」と発表。それに合わせて、有人月飛行や、ゲートウェイの建造などの計画の見直しが進められ、これが現在のアルテミス計画となっている。

ちなみに2024年というと、次の米大統領の任期の終わりにあたるため、もしトランプ大統領が再選されれば、その2期目の任期中に有人月着陸が行われるということになる。

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    トランプ大統領は2017年2月28日、就任後初の議会演説のなかで、「遠い世界に米国人が足跡を刻むことは、たいそうな夢ではない (American footprints on distant worlds are not too big a dream)」と語り、有人宇宙探査への意欲を示した (C) The White House

ブッシュ、オバマ政策の集大成

一方で、2024年までの有人月着陸が、挑戦的ではあるものの、順調に進めば可能とNASAが判断したことは、ブッシュ政権からオバマ政権を経て続けられてきた、月(正確にはISSより先の宇宙空間)を目指した米国の宇宙政策とNASAの計画が、ようやく実を結びつつあることを示しているといえよう。

じつのところ、オライオンはコンステレーション計画の生き残りであり、SLSもオバマ政策から、あるいは先代のエアリーズ・ロケットから考えれば、やはりコンステレーション計画から受け継がれたものといえる。

また、民間を活用するという方針を打ち出せたのも同じく、COTSがブッシュ政権時代の2005年から始まったものであること、そしてオバマ政権でさらにその動きが加速したことを考えると、これまでの宇宙政策の結果、民間の宇宙ビジネスが育ち、そして2024年に向けてロケットや月着陸船を開発できるようになったからといえる。

もっとも、民間に月探査機などを開発する技術は育ったものの、その開発や運用はまだビジネスとして成立はしていない。そのため、NASAのような国からの支援は引き続き不可欠であり、そこにおいてアルテミス計画を進めること、それが民間を大きく活用する計画であること、そして一過性のものではなく、継続的に行う予定であることは、NASAにとっては民間を最大限利用できるうえに産業の振興にもなり、そして参画する企業にとっても喜ばしいものであるといえる。

つまり、今回のトランプ大統領による有人月探査計画は、同じく月を目指したブッシュ政策の焼き直しとも取れるし、また一旦腰を据えて技術開発に注力し、そのうえで深宇宙を目指すというオバマ政策がようやく結実したとも取ることができる。さらに、両政権の思惑どおりに米国の民間企業による宇宙開発、宇宙ビジネスもそれなりに発展し、アルテミス計画の主役の一人になるまでになった。

このように、ブッシュ、オバマ政権の宇宙政策を下敷きにした、さまざまな動きがうまく合致した集大成として、アルテミス計画は動き出すことができたのである。

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    2019年3月27日に開催された、国家宇宙会議の第5回会合において演説する、マイク・ペンス副大統領。このなかで、2024年までに有人月着陸を実施するという方針が示された (C) NASA

(次回に続く)

出典

President Donald J. Trump Is Boldly Putting Americans Back on the Moon | The White House
Remarks by Vice President Pence at the Fifth Meeting of the National Space Council | Huntsville, AL | The White House
Sending American Astronauts to Moon in 2024; NASA Accepts the Challenge
NASA Administrator Statement on Return to Moon in Next Five Years | NASA
Moon to Mars Overview | NASA

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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