「地上での~」と書いておいて艦上での話をするのは「看板に偽りあり」だが、「飛んでいない状態」という点は共通しているので、御容赦いただきたく。地上とは違う話がいろいろ出てくるので、興味深い分野ではある。第140回で書いた、機体を移動する際に占有するスペースの話も、地上より艦上のほうが深刻だ。

牽引車で機体を移動する

艦上といってもいろいろある。大きなところでは米海軍の原子力空母。小さなところでは海上自衛隊の護衛艦や海上保安庁の巡視船。もっとも、護衛艦や巡視船の場合、出てくるのは固定翼機ではなくヘリコプターである。今後は無人機の艦上運用も増えてくるだろう。

空母、あるいは空母型の艦(最近になって増えている空母型の多用途揚陸艦や、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦のこと)では、固定翼機にしろヘリコプターにしろ、艦上で機体を移動する時は、牽引車で移動する形が基本。ただ、狭いスペースで使用するものなので、その牽引車は空港のトーイングカーと比べるとだいぶ小さい。もっとも、相手の機体も旅客機と比べると小さいけれど。

下の写真は、アメリカはメリーランド州のパタクセントリバー海軍航空博物館で屋外展示されていた、空母の艦上で使用する牽引車。左が前、右が後ろで、右側にトーバーを連結するための金具が付いているのが分かる。

  • パタクセントリバー海軍航空博物館で屋外展示されていた牽引車。前後でタイヤのサイズがえらく違うが、後ろ(写真だと右側)が駆動輪なのだろう

牽引車といえども自動車に違いはない。前進・後進と速度を指示するレバー、それと旋回操作のためのステアリングホイールが付いている。そんなにスピードを出すものではないので速度計はなく、計器は水温計、油圧計、油温計、電圧計といったところ。面白いのは、エンジンの運転時間を表示する計器(「ENGINE TIME」と書かれていた)が付いているところだが、整備に入れる際の目安にするのだろうか?

この牽引車に、相手の飛行機の首脚に取り付けたトーバーを連結して、押したり牽いたりして移動する。ただしヘリコプターの場合、トーバーを連結するのは尾部に付いている車輪である。これがどう影響するかというと、エレベーターに載せるときの向きが変わる。

御存じの通り、米海軍の空母はサイドエレベーター、つまり飛行甲板の縁の部分にエレベーターが付いている。そして、固定翼機は尾部を外舷側に向けた状態でエレベーターに載せる。トーバーが首脚に付くのだから、必然的にそうなる。一方、車輪式の降着装置を持つヘリコプターでトーバーを尾輪に付けると、機首が外舷側を向く。

ただし、米海兵隊のUH-1YベノムやAH-1Zヴァイパーみたいなスキッド式降着装置の機体だと、そのままでは機体を動かせない。そこで、車輪付きの台をスキッドの下に履かせて、その台にトーバーをつないでいるようだ。その場合、尾部が外舷側を向く。

ブレーキ・ライダー

米海軍の空母艦上で機体を移動する際は、何かまずいことがあった時にすかさずブレーキを使って機体の行き脚を止めるために、「ブレーキ・ライダー」と呼ばれる人がコックピットに乗り込む。

これはヘリコプターも同じ。そして、トーバーを尾輪につなぐヘリコプターをエレベーターに載せると、機首は外舷側を向く。すると当然、ブレーキ・ライダーは外舷側を向いた状態で操縦席に座ることになる。エレベーターのサイズによっては、コックピットがエレベーターの外に突き出ることもある。そこで海が荒れていて、艦が揺れたらどういうことになるか。ちょっと想像してみていただきたい。

と、ここまで書いたところで気付いたのだが、艦上無人機ではブレーキ・ライダーをどうするのだろうか。横にリモコン装置を持ったオペレーターが随伴して、ブレーキの指示を出すのだろうか。

移動しない時は係止する

地震が発生した時でもなければ、陸上の飛行場が揺れることはない。しかし、艦上では話が別。常に何かしらの揺れはあると思った方がいいぐらいだろう。

だから艦上では、移動しないときには機体をケーブルや金具で飛行甲板につなぎ止めておく(タイダウンという)。飛行甲板には、そのために凹みが設けてあって、そこに十字型の棒材を取り付けてある。その棒材に金具やケーブルをつなぎ、他方の端を機体側のタイダウン・ポイントにつなぐ。

もちろん1カ所だけではなく、何カ所も固定する。だから、係止している機体を移動するとなったら、まず固定用の金具やケーブルを外すところから始めなければならない。

米海軍の空母では、緊急発艦が必要になり、艦首側に駐機している機体を大急ぎで艦尾側に移動して艦首を空ける場面がある。これをエマージェンシー・プルバックという。逆に、艦尾側に駐機している機体を大急ぎで艦首側に移動して、着艦用のスペースを空ける場面もあり、これをエマージェンシー・プルフォワードという。

どちらにしても、多数の機体を急いで、しかもぶつけないように移動しなければならないので、ハンドリング担当者の腕が問われる。

そのハンドリング担当者だが、米海軍の空母の場合、着ている服の色で識別できる。黄色のジャージを着ていれば、「機体の移動を指示する人」「着艦拘束装置を扱う人」「カタパルトを扱う人」のいずれかである。一方、青色のジャージを着ていれば、「牽引車で実際に機体を移動する人」「エレベーターを操作する人」といった按配である(これを書くため、念のために米海軍のマニュアルを確認した)。

「ファイナル・カウントダウン」でも「トップガン」でもいいが、米海軍の空母艦上でのオペレーションを撮影した場面が出てくる映画を見る機会があったら、発着艦する飛行機だけでなく、飛行甲板上での機体の取り回しにも着目してみて欲しい。狭く、しかも揺れる場所で安全かつ効率的なオペレーションを行うためのノウハウがあるはずだから。

だから、筆者は以前から冗談半分・本気半分で「空母の導入と戦力化を進めている中国海軍では、『ファイナル・カウントダウン』や『トップガン』のビデオを、テープがすり切れるぐらい繰り返し見てるんじゃないの?」といっている。実際にそうしているかどうかは知らないけれど。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。