旅客機を空港のスポットから出す場合、第146回でも取り上げたように、自力でバックできないからトーイングカーでプッシュバックしている。ということは、いちいちトーイングカーを呼んできて、それを首脚に連結してプッシュバック、誘導路まで押し出したところで切り離し……という手間がかかっている。

EGTSの登場

そこで、エアバスとサフラン・ランディング・システムズが組んで開発を進めているのが、EGTS(Electric Green Taxiing System)。「電動式で環境に優しいタキシングのシステム」とは、いったい何者か。

EGTSを作動させる際、まず補助動力装置(APU : Auxiliary Power Unit)を作動させる。そのAPUの電力を使って、降着装置に組み込んだ電気モーターを作動させる。つまり自力で車輪を回してタキシングできるようになるので、トーイングカーを呼んできてプッシュバックする必要がなくなる。

参考
Electric taxiing (Safran Landing Systems)
https://www.safran-landing-systems.com/systems-equipment/electric-taxiing-0

上のリンク先に載っている図からわかる通り、電気モーターは首脚の中に組み込まれる。したがって、この限られたスペースに収まるコンパクトなモーターを実現できなければ、EGTSは成立しない。

そのモーター出力の関係によるのか、EGTSの対象機種はエアバス製品としてはもっとも小型のA320に限られる。A320だけでなく、競合する同クラスの機体、すなわちボーイング737も想定対象に含まれているようだ。EGTSによって発揮できる速度は20kt(37km/h)程度だという。

(エアバスは2018年にボンバルディアCシリーズを自社のラインナップに組み入れてA220シリーズとしたので、厳密にいうと「エアバスでもっとも小型の機体」はA220である。しかし、こうした出自の関係でA220は除外して考えた)

  • エアバスは2013年にパリ航空ショーでEGTSを搭載したA320を披露した 写真:エアバス

EGTSのメリット

しかし、首脚にモーターを組み込めば、その分だけ機体は重くなる。一説によると、300kg程度の増加だという。しかし、そのデメリットがあってもEGTSのほうが燃料消費を節減できる、というのがサフラン・ランディング・システムズの説明である。なぜか。

まず、到着した機体がスポット・インする場面。現在は主エンジンを吹かしてスポットまでタキシングしているから、その間、主エンジンは回しっぱなしである。しかしEGTSを使用すると、スポットより手前で主エンジンを止めてしまい、後はAPUとEGTSでスポットまで移動できる。APUの燃料消費は、主エンジンより少なくて済むだろう。

次に出発する場合。現在は、トーイングカーでプッシュバックしてもらった後で主エンジンを始動して、後はそのエンジンの推力で滑走路までタキシングしている。そこでEGTSを導入すると、滑走路までのタキシングはAPUとEGTSに委ねることができるので、エンジン始動は離陸直前となる。すると、こちらも主エンジンを作動させる時間が短くなるので、その分だけ燃料を節約できる。

大きな空港では、特に出発便が集中する時間帯に、滑走路の手前で離陸待ちをさせられる場面が間々ある。通常なら、その間もエンジンは回しっぱなしである。EGTSを使えば、離陸待ちをさせられている間にエンジンが消費する燃料を節減できそうだ。自動車のアイドリングストップ……とは動作は違うが、メリットは似ている。

ここまではリンク先の記事にも書かれていることだが、もう1つ。トーイングカーが消費する燃料も節減できるだろう。飛行機のエンジンが消費する燃料と比べれば、はるかに少ないと思われるけれど。

細かいことをいえば、そのトーイングカーの数を必要な数だけそろえたり整備したりするための費用、トーイングカーを動かしたり整備したりするための人手、そして出発の際にトーイングカーを呼んできて連結したり、プッシュバック後に切り離したりするためにかかる人手と時間。こうしたものも節減できそうではある。

環境対策ということなら、APUではなくバッテリで動かせば、さらに効果があるかもしれない。しかし、EGTSをそれなりの時間だけ動作させられるバッテリというと、相応に大がかりで重くなる。それでは機体重量増加のペナルティの方が大きそうだし、タキシング中にバッテリがあがってしまって立ち往生、なんてことになったら目も当てられない。するとやはりAPUに頼る方が無難そうではある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。