2026年9月5日、北極圏に位置するノルウェー北部のアンドーヤ島から、1機のロケットが宇宙へ飛び立った。ドイツの宇宙ベンチャー、イーザー・エアロスペースが開発した「スペクトラム」だ。
2025年の初飛行では、離昇から約30秒で失敗に終わった。しかし、スペクトラムは2回目の打ち上げで地球を回る軌道に到達し、搭載した小型衛星を宇宙へ送り届けた。欧州の民間企業が自ら開発したロケットで、欧州域内から衛星を軌道へ送り届けることに成功したのは史上初である。
これまで、欧州の宇宙輸送を支えてきたのは、各国政府と欧州宇宙機関(ESA)が協力して育てたロケットだった。そこに新しい民間企業が、独自の技術と事業構想を携えて加わった。スペクトラムの成功は、欧州の空に新たな航路が開かれたことを告げる出来事となった。
スペクトラムはどんなロケットなのか
イーザー・エアロスペース(Isar Aerospace)は2018年、ミュンヘン工科大学(TUM)で学んだダニエル・メッツラー氏ら3人によって設立された。3人は学生研究グループ「WARR」でロケットエンジンの開発に取り組んでおり、その経験をもとに起業した。本社はミュンヘン近郊のオットブルンにある。社名の「イーザー」は、ミュンヘン市内を流れるイーザー川(イーザル川)にちなむ。
スペクトラムは全長28m、直径2mの2段式ロケットである。機体の主要構造には、軽い炭素繊維複合材を採用している。
第1段には「アクイラ」(Aquila)ロケットエンジンを9基、第2段には真空環境向けに最適化したアクイラを1基装備。推進薬には液体酸素と液化プロパンを使う。プロパンは、メタンに近い比推力を得ながら、メタンより高い密度を確保できる。また、沸点が約-42度と、メタンの約-162度や水素の約-253度より高いため、燃料側ではそれほど低い温度まで冷やす必要がない。さらに、ケロシンと比べて燃焼時にススが生じにくいという利点もある。こうした比推力、密度、温度管理のバランスが、プロパンの特徴だ。
ロケットの造り方にも特徴がある。同社は設計から製造までの多くを内製化し、打ち上げも自ら担っている。エンジンの複雑な部品には金属3Dプリンターを使う。3Dプリンターを使えば、入り組んだ形の部品でも一体で造ることができ、部品点数や結合箇所を減らし、製造にかかるコストや時間を抑えられる。
打ち上げ能力は、地球低軌道へ最大1000kg、太陽同期軌道へ最大700kgとされ、小型から中型の衛星を、用途に応じた軌道へ届けることをめざしている。
小型衛星は、大型ロケットなどの相乗り(ライドシェア)で打ち上げることもできる。多数の衛星で費用を分担できる一方、出発する時期や行き先となる軌道を、個々の衛星の都合だけで決めることは難しい。目的の軌道へ移るために、衛星自身の燃料を使わなければならない場合もある。小型ロケットによる専用の打ち上げなら、衛星の目的に合わせて、打ち上げ時期や軌道をより柔軟に選べる。
今回の打ち上げに使われたのは、ノルウェー北部のアンドーヤ島にあるアンドーヤ宇宙港だ。北緯約69度に位置する同島は、南北の極付近を通る極軌道や、太陽同期軌道への打ち上げに適している。また、北方には海が広がっており、ロケットを陸地の上空を避けて飛ばしやすいことも、発射場としての利点である。さらに同社は、フランス領ギアナやカナダからの打ち上げも計画している。
「前へ、そして上へ」
2025年3月30日の初飛行では、スペクトラムは発射台を離れたものの、約30秒後に飛行中断指令を受け、無推力のまま海へ落下した。調査の結果、ベントバルブが意図せず開いたことと、機体がロール運動を始めた際に姿勢制御を失ったことが、飛行失敗につながったとされた。一方、安全のための飛行中断システムは正常に機能し、発射台も損傷を免れた。
同社は初飛行で得たデータと原因調査の結果をもとに、2号機へ改良を加えた。2025年12月には両段の燃焼試験を終えたが、2号機の打ち上げまでの道のりも平坦ではなかった。2026年1月には加圧バルブの問題、3月には危険区域への船舶の進入、4月には圧力容器の漏れ、6月には燃料などを流す系統の異常が見つかり、打ち上げは繰り返し見送られた。
2号機のミッションは、「前へ、そして上へ」という意味の「オンワード・アンド・アップワード」(Onward and Upward)と名づけられた。日本時間9月6日5時12分(中央ヨーロッパ夏時間5日22時12分)、スペクトラムはアンドーヤ宇宙港から離昇した。
夜空へ昇った機体は、9基のエンジンを燃焼させながら速度を増していった。大気中で最も大きな空気力を受ける最大動圧点(マックスQ)を通過し、第1段の燃焼を終えると、第1段を切り離して第2段へ飛行を引き継いだ。やがて高度100kmのカーマン・ラインを越え、衛星を覆っていたフェアリングを分離した。第2段は1回目の燃焼で軌道速度に達し、その後、エンジンを再び点火して軌道を円形に近づけた。こうして軌道を整えたのち、搭載した衛星を分離した。
今回の飛行は、スペクトラムの軌道投入能力を実証する資格認定飛行と位置付けられており、欧州の大学や企業が開発した5機のキューブサット(超小型衛星)と1つの実験装置を搭載していた。
イーザーの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のダニエル・メッツラー氏は、成功を受け、「欧州の宇宙飛行は新たな章に入りました。この成功を欧州から実現してくれた私たちのチームを、心から誇りに思います」と喜びを語った。そして今後についても、ロケットの生産を急速に拡大し、受注した打ち上げを実現するとともに、世界的に高まる需要に応えていく考えを示した。
欧州宇宙機関(ESA)のヨーゼフ・アッシュバッハー長官も、「イーザー・エアロスペースはわずか8年前に設立されたばかりですが、これは驚くべき偉業です」と称賛した。さらに、「欧州の打ち上げサービスを、より多様で自立したものにするための新たな一歩です」と語り、今後の発展に期待を寄せた。
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