熊本大学と慶應義塾大学(慶大)は11月1日、老化しにくい、がんになりにくいなどの特徴を持つ最長寿げっ歯類「ハダカデバネズミ」の脳から、神経幹細胞を単離・培養することに成功したと発表した。

同成果は、熊本大大学院 医学教育部の山村祐紀大学院生、同・大学院 先導機構/同・大学院 生命科学研究部 老化・健康長寿学講座の河村佳見助教、同・三浦恭子准教授、慶大医学部 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門の大西伸幸訪問研究員、同・佐谷秀行教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本炎症・再生医学会の観光する英文学術誌「Inflammation and Regeneration」に掲載された。

ハダカデバネズミは、アフリカ北東部の地下に暮らす小型のげっ歯類で、マウスと同程度の大きさながら、30年を超す寿命を有する最長寿のげっ歯類として知られている。また、老化しにくく、生涯に渡ってほとんど腫瘍形成が起こらない顕著ながん化耐性を持つことから、近年、その特性をヒトに応用するために研究が進められているという。

神経幹細胞は、主に脳の「脳室下帯」や「海馬歯状回」に存在する組織幹細胞で、ニューロンなどの分化細胞を供給することで、中枢神経系の恒常性維持に寄与している。そして、神経幹細胞の枯渇や機能不全は老化やがんの一因となる。ハダカデバネズミは、老化しにくく顕著ながん化耐性を持つことから、神経幹細胞の枯渇や機能不全に耐性を持つことが予測されている。しかし、これまでほとんど研究されてこなかったという。

そこで研究チームは今回、ハダカデバネズミの脳室下帯から神経幹細胞を単離し、その基礎的な性状の解析を試みることにしたという。

その結果、ハダカデバネズミ新生仔の脳室下帯から神経幹細胞および神経前駆細胞(神経幹/前駆細胞)を単離、浮遊培養および接着培養の培養条件を確立したほか、同細胞を分化誘導するとニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトが出現することが確認され、神経幹細胞としての基本的な要件を満たした状態を維持できていることも確認されたという。

  • ハダカデバネズミ

    2種類の方法で培養されたハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞。スケールバー:100μm (出所:共同プレスリリースPDF)

また、同じ手法で単離されたマウス神経幹/前駆細胞との細胞増殖比較を行ったところ、ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞は、マウス比で倍加時間が1.5倍ほど長く、細胞周期のG0期(細胞分裂を停止している期間)およびG1期(細胞分裂の準備期間)に属する細胞の割合が高いことが判明したほか、それぞれの神経幹/前駆細胞に対するγ線照射実験からは、ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞は、DNA二重鎖切断マーカーである「γH2AX」のシグナル強度がマウスと比較して低く抑えられており、DNA損傷修復マーカーである「53BP1」や「pATM」がより多く損傷部位に集積していることが確認されたという。

  • ハダカデバネズミ

    ニューロンマーカー(TUBB3)、アストロサイトマーカー(GFAP)、オリゴデンドロサイトマーカー(o4)で免疫蛍光染色した上で、分化誘導されたハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞。ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞はニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化できることが確認された(赤色)。青色は細胞核。スケールバー:100μm (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞はマウスとは異なり、γ線が照射されて24時間後においても細胞死がほとんど亢進していないことも確認されたとしており、これらの結果は、ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞がDNA損傷に対して耐性を持っていることを示すものであると考えられると研究チームでは説明している。

  • ハダカデバネズミ

    ハダカデバネズミとマウスの神経幹/前駆細胞の細胞増殖と細胞周期の比較。ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞は増殖が遅く、G0/G1期の割合が高いことが明らかになった (出所:共同プレスリリースPDF)

これらの結果を踏まえ研究チームでは、ハダカデバネズミ神経幹/前駆細胞が持つ細胞増殖の遅さやDNA損傷への耐性は、ハダカデバネズミの長い生涯の中で、神経幹細胞の枯渇や機能不全を防ぐ一因である可能性があるとしており、今後、研究をさらに発展させることで、ヒトの脳の老化やがん化を防ぐ新たな方法の開発につながることが期待されるとしている。

  • ハダカデバネズミ

    ハダカデバネズミ(上段)とマウス(下段)神経幹/前駆細胞のDNA損傷応答の比較。γ線が照射されて1時間後、ハダカデバネズミでは、DNA二重鎖切断マーカーであるγH2AX(マゼンダ)のシグナル強度が低く、DNA損傷修復マーカーである53BP1(緑色)がより多く損傷部位に集積していることが明らかになった(左、青色は細胞核)。各マーカーの染色画像が個別にグレースケールで示されている(中央、右)。スケールバー:10μm (出所:共同プレスリリースPDF)