史上初となる、宇宙で本格的な映画撮影を行う"挑戦"が始まった。

ロシア国営宇宙企業ロスコスモスは2021年10月5日、「ソユーズMS-19」宇宙船の打ち上げに成功した。

宇宙船には、ロシアのアントン・シュカプレロフ宇宙飛行士のほか、映画監督のクリム・シペンコ氏、俳優のユリヤ・ペレシド氏が搭乗。シペンコ氏とペレシド氏は国際宇宙ステーション(ISS)に12日間滞在し、映画『ヴィーザフ(挑戦)』の撮影に挑む。

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    史上初となる宇宙で本格的な映画撮影に向け、映画監督のクリム・シペンコ氏と俳優のユリヤ・ペレシド氏らを乗せて飛び立ったソユーズ2.1aロケット (C) Roskosmos

史上初、宇宙で本格的な映画撮影

映画『ヴィーザフ(Vyzov)』(英題『The Challenge』)は、ISSで急病に見舞われた宇宙飛行士を救うため、急きょ宇宙へ行くことになった医師の活躍を描いた作品。制作はロシアのテレビ局「チャンネル1」が主導し、ロスコスモスが全面的にバックアップしている。公開は2022年に予定されている。

古今東西、宇宙を描いた映画は多数あるが、いずれもSFXやVFX、CGを使ったり、微小重力環境が作り出せる特殊な飛行機を使ったりして撮影していた。今回の映画制作プロジェクトが成功すれば、史上初めて、俳優が宇宙で撮影した長編フィクション映画となる。

『ヴィーザフ』の監督を務めるのはクリム・シペンコ(Klim Shipenko)氏。1983年生まれの38歳で、2006年から映画監督、脚本家、プロデューサー、俳優として活動している。2017年には、トラブルが相次いだソビエト連邦(ソ連)の宇宙ステーション「サリュート7」への有人飛行ミッションを描いた映画『サリュート7』の監督を務めたことで大きな評価を得た。

今回のミッションでは監督のほか、カメラのオペレーターやメイク、照明など、撮影に関するあらゆる仕事を担当する。

主演のユリヤ・ペレシド(Yuliya Peresild)氏は1984年生まれの37歳。2007年から俳優として活動し、2015年の映画『ロシアン・スナイパー』などに出演した。今回の出演にあたってはオーディションが行われ、約3000人の応募者の中から選ばれた。

シペンコ氏とペレシド氏は、今年5月24日からガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を行った。これまでソユーズで飛行した宇宙旅行者と同じく、宇宙飛行士(Kosmonavt)ではなく、宇宙飛行参加者(Spaceflight Participant)の肩書きで飛行する。

もっとも、過去の宇宙飛行参加者は、プロの宇宙飛行士ほどではないにせよ、それでも約1年間の訓練を受けてきており、今回の訓練期間はかなり短いものだった。ロスモスモスのドミートリィ・ロゴージン社長によると「2人の一般人を、3~4か月の訓練のみで宇宙に打ち上げられるかどうかを試す挑戦でもあった」と語っている。

ペレシド氏は打ち上げ前、Instagramを通じて「いよいよ宇宙へ行く準備ができました。もちろん緊張はしていますが、私たちはつねにお互いをサポートしています。まだ誰も経験していないことにパイオニアとして挑むのは、困難で怖さもありますが、とてもおもしろいと感じています!」とコメントしている。

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    打ち上げ前のクルー。左から、ペレシド氏、シュカプレロフ宇宙飛行士、シペンコ氏 (C) Roskosmos

記録ずくめの飛行

ソユーズMS-19には2人のほか、アントン・シュカプレロフ(Anton Shkaplerov)宇宙飛行士がコマンダー(船長)として搭乗する。シュカプレロフ氏は1972年生まれの49歳で、今回が4回目の宇宙飛行となる。

3人を乗せたソユーズMS-19は、日本時間10月5日17時55分(バイコヌール時間13時55分)、カザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。

この特別なミッションを記念し、打ち上げに使われたソユーズ2.1aロケットには特別塗装が施された。

ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約9分後にソユーズMS-19を分離。宇宙船はその後、軌道変更をしながらISSに接近。そして打ち上げから約3時間後の21時22分、ISSにドッキングした。

ドッキング時、自動ランデヴー・ドッキング・システムが不具合を起こしたが、シュカプレロフ宇宙飛行士の操縦により事なきを得ている。

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    ISSに接近するソユーズMS-19 (C) Roskosmos

ソユーズ宇宙船は通常、宇宙飛行士が3人乗り、1人がコマンダー(船長)、2人がフライト・エンジニアを務めるが、今回は3人中2人がプロの宇宙飛行士ではないため、コマンダーのシュカプレロフ宇宙飛行士がフライト・エンジニアも兼任する形で、事実上1人で操縦することとなった。これが実現した背景には、ソユーズ宇宙船の改良もあったという。

またペレシド氏は、「私たちの唯一の仕事は、他のクルーの邪魔をせずに映画を撮影することです。何も壊さず、クルーのスケジュールを乱さず、そして注意をそらさないようにすることです」と語っている。

シペンコ氏とペレシド氏は今月17日までISSに滞在する予定で、現在ISSに停泊中のソユーズMS-18で帰還する。帰還時のコマンダーは、今年4月から滞在中のオレグ・ノヴィツキー宇宙飛行士が務める。

シュカプレロフ氏は第65/66/67次長期滞在クルーの一員として、2022年3月まで長期滞在する予定となっている。

ソユーズMS-19のバックアップ・クルーには、オレグ・アルテミエフ宇宙飛行士、映画監督のアレクセイ・ドゥジン氏、俳優のアリョーナ・ モルドビナ氏が任命されていた。宇宙飛行士であるアルテミエフ氏は今後のミッションで飛行の可能性があるが、他の2人については飛行の予定はない。

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    ISSに入ったペレシド氏ら (C) Roskosmos

なお、今回の飛行では、史上初の宇宙での映画撮影というだけにとどまらず、ほかにもさまざまな記録が作られた。

たとえば全員ロシア人の乗組員によるソユーズの飛行は、2000年のソユーズTM-30以来となる。また、ソユーズTM-30は2人での飛行だったため、3人全員がロシア人による飛行は、1998年のソユーズTM-28以来となる。

さらに、ペレシド氏は宇宙飛行を行った5人目のソ連・ロシア人女性となり、ロシア人女性の宇宙飛行は、2014年9月から2015年3月までISSに滞在したエレーナ・コンダコワ元宇宙飛行士以来のことでもあった。

なお、現在ロスコスモスの女性宇宙飛行士は、アンナ・キーキナ氏一人だけで、初飛行は2022年9月に予定されている。