国際宇宙ステーション(ISS)で2021年7月30日、姿勢が大きく乱れるトラブルが起きた。直前にドッキングした、ロシアの新しい実験棟モジュール「ナウーカ」のスラスターが誤って噴射されたためで、ISSは一時「緊急事態」が宣言された。
その後、1時間足らずのうちに姿勢は正常に戻り、ISSに損傷はなかった。滞在している宇宙飛行士への危険もなかったという。
ナウーカはこれまでにもトラブルが多発しており、今後のISSの運用とロシアの宇宙開発の信頼性に、大きな不安を残すこととなった。
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国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしたナウーカ。ISSに滞在中のNASAのシェーン・キンブロー宇宙飛行士が撮影したもの (C) NASA/Shane Kimbrough
ナウーカのスラスターが突如誤噴射
ナウーカ(Nauka)は、ロシアが開発したISSの新しいモジュールで、宇宙での科学研究・実験を行うことを目的としている。
7月21日にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられたのち、いくつかトラブルが発生したものの、日本時間7月29日22時29分に、ISSの「ズヴィズダー(Zvezda、ズヴェズダ)」モジュールの地球に面した側のドッキング部にドッキング、結合した。
その後、滞在しているロシアの宇宙飛行士によって、結合部の気密の確認など、ハッチを開くための作業が行われていたが、7月30日1時34分ごろ(日本時間、以下同)、ナウーカの姿勢制御スラスターが「不意に予期せず(inadvertently and unexpectedly)」噴射を開始。ISSは回転を始め、姿勢が乱れた。
当初は、ISSに搭載されているコントロール・モーメント・ジャイロスコープ(大型のリアクション・ホイール)が姿勢の変化に抗ったものの、その力を打ち消すことができず、数分後にはズヴィズダー・モジュールのスラスターが回転を止める方向に向けて噴射を開始した。
また米国航空宇宙局(NASA)の飛行管制チームは、「1時45分ごろに、ISSの姿勢が変化していることを確認した」という。
ズヴィズダーのスラスター噴射と、さらにズヴィズダーの天頂側(ナウーカの反対側)にドッキングしている「プログレスMS-17」補給船のスラスター噴射も加わったことで、ようやく回転が停止。一時は1秒間に約0.5度というかなりの速さで回転し、最大で約45度も姿勢が傾いた。ISSの姿勢は、通信や太陽電池の発電にとって重要であり、実際姿勢制御が失われている間、通信が数分間途絶えた。
さらに、回転の力やスラスターの噴射ガスにより、ISSが損傷する可能性もあったことから、一時「宇宙船緊急事態(spacecraft emergency)」が宣言され、「キューポラ」の窓が閉じられたほか、宇宙飛行士の脱出に備え、係留されている宇宙船の起動などが行われた。
その後、ロシアの地上局からの操作により、ナウーカのスラスターを停止。そして、姿勢を元に戻す作業が行われ、30日2時29分ごろに完了した。
事態の収束後、NASAとロシア国営宇宙企業ロスコスモスはともに、「すべてのシステムは正常な動作に戻った」と発表している。
本稿執筆時点(日本時間2021年8月1日)で、ISSに損傷などは確認されていない。また、現在ISSには、船長(コマンダー)の星出彰彦宇宙飛行士のほか、7人の宇宙飛行士が滞在しているが、危険はなかったという。
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ISSにドッキングしたナウーカ(左)。右に見えるのはソユーズMS-18宇宙船 (C) Roskosmos
誤噴射の原因は「一時的なソフトウェアの不具合」
ナウーカが突如スラスターを噴射した理由について、ロスコスモスは「一時的なソフトウェアの不具合により、ナウーカのスラスターをONにするコマンドを誤って実行してしまった」と説明している。
なお、この噴射によって、ナウーカは燃料をほぼ使い切っており、今後、同じような事態が発生する可能性はないという。
ナウーカはこれまでもトラブルが多発しており、打ち上げ前には製造ミスや検査ミスなどにより開発が約15年遅れ、打ち上げ後もセンサーやスラスターなどが一時的に正常に機能しなかった。そのため、ドッキング前には「ISSを危険にさらすのでは」と心配の声もあった。
結果的にドッキング自体は成功したものの、今回のスラスターの誤噴射という重大なトラブルが発生したことで、今後のISSの運用とロシアの宇宙開発の信頼性に、大きな不安と禍根を残すこととなった。
また、事故発生から約4時間後にNASAが開いた記者会見では、ナウーカがスラスターを噴射している間、滞在している宇宙飛行士から「ISSから何か破片のようなものが飛んでいくのが見えた」という報告があったものの、その後の確認により、ISSに損傷は認められなかったとしている。
NASAのISSフライト・ディレクターを務めるゼブロン・スコヴィル(Zebulon Scoville)氏は「太陽電池アレイとラジエーターがすべて無事なのを見て、とても安堵しました」と語っている。
また、NASAのISS計画のマネージャーを務めるジョエル・モンタルバーノ(Joel Montalbano)氏は、記者会見で「ISSに搭乗している宇宙飛行士に直接的な危険は一切ありませんでした」とコメント。「地上の飛行管制チームや宇宙飛行士は、このような事態を想定した訓練を定期的に行っており、問題解決に向けて迅速に対応しました」とも述べた。
なお、この事態を受け、NASAは7月30日(日本時間31日)に予定していた、ボーイングの新型宇宙船CST-100「スターライナー」の2回目の無人試験飛行(OFT-2)の打ち上げを延期することを決定した。31日の時点で、新しい打ち上げ日時は日本時間8月4日2時20分(米東部夏時間3日13時20分)に設定されている。
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ISSにドッキングするためランデヴー中のナウーカ (C) Roskosmos
参考文献
・https://www.roscosmos.ru/32050/
・Space Station Stable After Earlier Unplanned MLM Thruster Firing - Space Station
・NASA Invites Media to International Space Station Update | NASA
