「ポスト・イットノート」や「スコッチテープ」など、おなじみの個人用文房具から、半導体製造用のCMPパッドや精密研磨製品などの産業分野の製品、サージカルテープなどの医療用製品まで「3m以内に3M製品」というほどさまざまな製品群を持つ3M。果たして3Mはどのような仕組みやカルチャーの元、数々の大ヒット・ロングラン製品を生み出し続けてきたのか。

そこでその謎を知るべく、3Mジャパングループでポスト・イット製品やスコッチテープなどのコンシューマー向け製品の販売・開発を統括する、スリーエム ジャパンの取締役 常務執行役員 コンシューマービジネス担当である石川 憲一(いしかわ けんいち)氏に、ヒット商品の開発秘話からイノベーションが生み出されるカルチャーまで、幅広く話を聞いてみた。

  • 石川憲一氏

    今回の取材は、コロナ禍ということでWeb会議形式で実施。写真は今回、取材を快く引き受けてくれたスリーエム ジャパンの取締役 常務執行役員 コンシューマービジネス担当である石川 憲一(いしかわ けんいち)氏

3m以内に3Mを実現する”テクノロジープラットフォーム”とは?

――石川さんはコンシューマービジネスグループの所属ということですが、3Mの組織体系はどのようになっていて、どのように開発を進めているのでしょうか?

石川氏:3Mは対象とする市場によって4つのビジネスグループに分かれています。工業、電力・電子市場やセーフティー市場向けの「セーフティ&インダストリアル」、自動車や電子用製品のOEM向けの「トランスポーテ―ション&エレクトロニクス」、医療向けの「ヘルスケア」、そして個人向け製品を取り扱う「コンシューマー」です。

  • 3Mのビジネスグループ

    3Mは市場ごとに4つのビジネスグループに分かれている (資料提供:3M)

製品として市場に送り出す際には、それぞれの市場ニーズをとらえる必要があるので4つのビジネス領域に分かれていますが、技術のコア部分はすべて“3M テクノロジープラットフォーム”という各製品の基礎となる技術基盤でつながっています。

  • テクノロジープラットフォーム

    3Mのテクノロジープラットフォーム。「材料」「プロセス」「機能」「デジタル」「アプリケーション」の5つに大別され、51の技術から構成されている (資料提供:3M)

たとえば、テクノロジープラットフォームの材料の一番上に設定されている「Ab」は、3Mの始まりの事業である研磨材(Abrasives)を意味しています。 テクノロジープラットフォームは、全事業と地域を通じて共有されているもので、これらひとつずつのテクノロジー同士を組み合わせて作ることで、3Mはさまざまな製品やソリューションを生み出してきました。産業用途、個人向け問わず、テクノロジープラットフォームの技術を組み合わせることで事業、業界、地域横断的にさまざまな課題解決を行っています。

ポスト・イット製品誕生のきっかけは、偶然できた“おもしろい”接着剤と15%カルチャー

――では、3Mの個人向け製品の代名詞ともいえるポスト・イット製品もテクノロジープラットフォームを活用してできたものなのでしょうか?

石川氏:ポスト・イット製品はそれ自身を作ろうとして作られたものではありません。もともとは3Mの研究者であったスペンサー・シルバーが強力な接着剤を作ろうと研究をしていた中で、「よく付くけれど、簡単にはがれてしまう」という特徴を持った接着剤ができたことがきっかけです。

当初は失敗作だと思われていましたが、これを調べてみたところ、ひとつひとつの接着剤が”球”のようになっていて、くっつくときには平たくなり、はがすとまた球にもどるという性質を持っていることが分かったのです。このおもしろい特性を持つ接着剤をなにかに使えないかと思ったシルバーは、社内のあらゆる部門の人に何か使い道はないだろうかと相談をして回ったといいます。テープ製品の研究員であったアート・フライもその話を聞いた中のひとりでしたが、その時点で特段興味を持ったわけではありませんでした。

しかし、ある日曜日、フライは日曜礼拝で訪れた教会で賛美歌に挟んであったしおりが落ちるのを見た瞬間、その接着剤をしおりに使うことを思いついたといいます。

さらには、しおりの代わりだけでなく、メモのようなコミュニケーションツールとして使えるのではないかと思いつき、全米の会社の秘書たちにサンプリングを行った結果、大ヒットにつながったという経緯があります。

  • スペンサー・シルバーとアート・フライ

    スペンサー・シルバー(左)とアート・フライ(右) (資料提供:3M)

  • 発売当初のポスト・イットノート

    日本での発売当初のポスト・イット製品 (資料提供:3M)

また、3Mには「15%カルチャー」という社員の勤務時間の15%を「ビジネスに役立つ」と考えることであれば、自分自身の興味のある研究やプロジェクトのために使ってもいいという不文律があります。そこでフライはこの15%カルチャーを活用してポスト・イット製品の開発に取り組みました。シルバーも「このおもしろい接着剤を何かに使いたい」という思いから、趣味の領域での研究や情報共有を行っていました。

ポスト・イット製品は自主性の尊重と失敗を許容する3Mの精神や、3Mの15%カルチャーという不文律から自分たちが取り組みたい研究を粛々と行った結果生まれた製品になります。

偶然から生まれたポスト・イットブランドですが、2020年で40周年を迎え、2021年1月にロゴのリニューアルを行いました。 新しいロゴは、これまでよりもシンプルでお客様が親しみを感じられる、デジタルと融合する時代に適したデザインになり、長く愛され続けてほしいという願いを込めたものとなっています。

  • リニューアルしたポスト・イットブランドのロゴ

    これまでのポスト・イットブランドのロゴ(左)とリニューアルしたポスト・イットブランドのロゴ(右)。最近のトレンドなどを調査し、シンプルなものに変更したという (資料提供:3M)

15%カルチャーで具現化したコロナ禍の医療現場への想い

長く愛される製品を生み出した3Mの15%カルチャー。最近では、医療現場で物資が不足しているというニュースを聞いた社員が、この15%カルチャーを活用し、「3Mフェイスシールド」をアイデア出しから製品出荷体制の確立まで3週間という短期間で開発し、実際に提供するところまで行ったという。材料調達サプライチェーンが滞ることを想定し、社内で在庫を確保している材料の中でも医療現場で使用実績のあるものを選び、開発を行ったという。

  • フェイスシールド

    15%カルチャーで生み出された「3M フェイスシールド」 (資料提供:3M)

また、おもしろい接着剤を開発したスペンサー・シルバーが各部門に技術を共有し、違う部門のアート・フライが”落ちないしおり”を思いついたように、フェイスシールドの開発も医療現場に関わりがないフィルター製品の技術者の発案から、製造に関わるエンジニア、医療現場に詳しい医療品のマーケティング部門など、各分野の専門家が集結し、製品出荷にまでこぎつけたという。 では、このような積極的な部門連携には何か仕組みがあるのだろうか。

技術者同士の情報共有はどのように行っているのか?

――組織が異なると連携が難しいというイメージがありますが、そうした積極的な部門連係を実現する仕組みが3M内であるのでしょうか?

石川氏:仕組みというよりはカルチャーで支えられている部分も多いと思います。 ポスト・イット製品を生み出したスペンサー・シルバーとアート・フライのようなトップ技術者が自分の技術を惜しみなく多くの人に伝授し、それが賞賛されるというカルチャーがあります。

技術者同士は横の連携をかなり大切にしています。技術同士の交流があるので、これを実現するにはこの技術をつかえるのではないかという発想が生まれ、そこにイノベーションが生まれてくるのではないかと思います。

また、3Mは企業文化として「お客様を中心に」、「イノベーションを大胆に」、「インクルージョンを原動力に」、「アジャイルで成功する」、「ゆるぎない誠実さをもって」という5つの「3Ⅿカルチャー」を掲げており、社員はこのカルチャーを体現するべく行動しています。

仕組みだけではなかなかうまくはいかないと思います。例えば、連携会議というものだけを作ったとしてもカルチャーが無ければ連携はできないと思っています。

――カルチャーがそこまで浸透している理由というのはあるのでしょうか?

石川氏:バリューモデルというものが3Mにはあります。3Mのビジョンは、文言の多少変更はありましたが、創立者の想いという意味では創立以来変わっていないものになります。「 3Mのテクノロジーはお客様のビジネスをさらに前へ進め、3Mの製品は毎日の暮らしをより快適にし、そして3Mのもたらすイノベーションは明日をもっと豊かにします。」というビジョンですが、これを実現するためにテクノロジープラットフォームなどの強みがあります。

3Mカルチャーは、人財開発と3Mのカルチャーの醸成を促進する「人財開発と企業文化」として重点項目のひとつになっています。3Mの人間はこうでなくてはいけないというものがかなりしっかりしていますので、これに従ってマネジメントや、日々の業務を行っていることが理由かと思います。

  • バリューモデル

    3Mのバリューモデル。ビジョンを実現するための強み、重点項目があり、バリューはビジネスグループや地域を超えて3M社員をつないでいるものであるという(資料提供:3M)

――部門連携や技術共有により、さまざまな製品が世に出ていますが、コンシューマービジネスグループとしての方針などはありますでしょうか?

石川氏:コンシューマーの方々により良い、よりニーズのあった製品を出していくのが3Mの使命だと思っています。

たとえば、2021年4月には3Mの医療・産業分野の技術を活用した高機能なマスクを個人用にも届けたいという想いからコンシューマー向けに「3M ウイルス飛沫対策マスク」を発売しました。これはもともと、産業用や医療用に製造しているマスクの技術を活用して開発されたものです。

  • 3Mウイルス飛沫対策マスク

    2021年4月1日に販売が開始された「3M ウイルス飛沫対策マスク」。KF94規格(韓国の国家機関であるMFDS(食品医薬品安全処)が補集効率94%以上のマスクに認定する規格)のフィルター性能をもつ

ニーズに合ったものに商品を改良していくということも大切だと思っています。今後、時代はニューノーマルに移り変わっていくと思いますので、時代のニーズに合った製品を届けていきたいと思っています。

  • 石川氏

    コンシューマービジネスグループとしての展望を語る石川氏

  • 3Mのブランド一例

    コンシューマービジネスグループで取り扱う製品ブランドの一例 (提供:3M)

取材を終えて

長く愛される製品のほか、時代のニーズに応じた製品を次々に開発する3M。そこには自分の関心を追求できる“15%カルチャー”や、技術者同士で情報を惜しみなく共有するというカルチャーがあった。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大で世界の在り様は一変した。石川氏の視点もすでにニューノーマル時代にあった製品をどのように開発し、それを多くの人に届けていくか、というところに移っている。今後、そうした新たな価値、ニーズに沿った製品が次々とでてくることが期待される。果たしてどんな製品が我々の目の前に出てくるのか、期待を膨らませて待っていようと思う。