九州大学(九大)、国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)、生理学研究所(NIPS)、生命創成探求センター(EXCELLS)、医薬基板・健康・栄養研究所(NIBIOHN)の5者は3月17日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒト細胞に侵入するのを防ぐ既存薬を新たに同定したと発表した。

同成果は、九大大学院 薬学研究院 生理学分野の西田基宏教授(EXCELLS)/NIPS兼任)、NIHS 薬理部の諫田泰成部長、九大大学院 薬学研究院 生理学分野の加藤百合助教、同・西山和宏講師、九大大学院 農学研究院 資源生物科学部門 農業生物科学講座 昆虫ゲノム科学分野の日下部宣宏教授、同・李在萬准教授、九大大学院 工学研究院 応用化学部門/未来化学創造センター バイオテクノロジー部門の神谷典穂教授、NIBIOHN 創薬デザイン研究センター インシリコ創薬支援プロジェクトの水口賢司プロジェクトリーダー、同・李秀栄サブプロジェクトリーダー、NIBIOHN ワクチン・アジュバント研究センター 感染病態制御ワクチンプロジェクトの今井由美子プロジェクトリーダー、EXCELLS/NIPSの西村明幸特任准教授、同・田中智弘特任助教、NIHS 食品衛生管理部の朝倉宏部長らの共同研究チームによるもの。詳細は、生物学のプレプリントを集約した「bioRxiv」に掲載されている(論文はプレプリントで査読前のため、今後内容が修正される可能性があるとのこと)。

SARS-CoV-2の宿主細胞への侵入は、膜貫通型セリンプロテアーゼ「TMPRSS2」により、ウイルス表面上の「スパイクタンパク質(Sタンパク質)」が活性化されることから始まる。そして、Sタンパク質が宿主細胞膜上にある「アンジオテンシン転換酵素2(ACE2)」に結合することで、細胞内に侵入する。よくSタンパク質がカギに、ACE2はカギ穴に例えられる。

宿主細胞内に侵入したSARS-CoV-2は、細胞内の部品を勝手に使って、RNA自己複製を介して増殖し、そして宿主細胞を破壊して外に飛び出し、ほかの宿主細胞への侵入を繰り返していく。ウイルスは自分たちだけでは増えることはできないため、宿主細胞に侵入するのである。

SARS-CoV-2のヒトへの感染が報告されて1年以上が経過し、人類はとてつもない速度でワクチンを開発し、日本国内でも接種が始まっている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬としてこれまで承認されたものには、RNA依存性RNAポリメラーゼ活性を標的とするRNA複製阻害薬レムデシビルや、炎症を標的とする抗炎症薬デキサメサゾンなどがある。しかし残念ながら、その治療効果も十分とはいえない状況である。

また、Sタンパク質とACE2受容体との結合を阻害する薬の開発も進んでいるものの、SARS-CoV-2変異株によっては効かなくなってしまう可能性が懸念されている。

COVID-19の深刻な問題は、感染重症化と後遺症だ。感染重症化を引き起こすリスク因子の1つに心疾患があり、重篤な後遺症としては心不全が報告されている。九大大学院薬学研究院は、すでに安全性が保証されている既承認薬の中から新たな薬理作用を見出し、有効な治療薬のない疾患に適応拡大するドラッグ・リポジショニングに対し、「エコファーマ」創薬として推進中だ。

そのエコファーマ創薬で活躍しているのが、西田教授らの研究チームであり、これまでに1200種類もの既承認薬の中から、抗がん剤誘発性の心毒性を抑制する化合物を複数同定している。そこで今回は、西田教授らが同定した化合物の中でも、抑制する効果が強い上位13化合物を用いて、Sタンパク質曝露による細胞内侵入(ACE2の内在化)を阻害する化合物の探索が実施された。

共同研究チームが、今回の探索に先立ってまず行ったのが、SARS-CoV-2偽感染アッセイ系の構築だ。カイコ由来の人工的な三量体Sタンパク質を動物細胞に曝露することによる、ACE2内在化を指標とするためのものである。そしてそれを用いて、ACE2内在化を50%抑制する既承認薬「クロミプラミン」を同定することに成功した。

  • 新型コロナ

    S抗原を用いたSARS-CoV-2疑似感染モデル(細胞評価法)の構築と、既承認薬クロミプラミンの特定 (出所:共同プレスリリースPDF)

クロミプラミンは三環系抗うつ薬として販売されているプロドラッグだが、ヒト体内での代謝物(デスメチルクロミプラミン)もまた、クロミプラミンと同程度のACE2内在化阻害効果を示すことが判明した。

一方、クロミプラミンと薬理作用や構造が似ている既承認薬や既存のCOVID-19治療薬についての分析も行われたが、クロミプラミンほど強力なACE2内在化阻害作用を示す薬は発見されなかったという。

続いて、アカゲザル由来のウイルス感染モデル「TMPRSS2発現VeroE6」細胞株にSARS-CoV-2を感染させ、ウイルス増殖・感染に対するクロミプラミンの効果が調べられた。その結果、クロミプラミンはSARS-CoV-2に感染して1時間後から処置しても非常に強く、濃度依存的にウイルス増殖を抑制することが確認されたのである。

一方、COVID-19治療薬であるレムデシビルを処置したところ、ウイルス増殖阻害効果は弱く、クロミプラミンを併用することで阻害効果が相乗的に増加することが確認された。ヒトiPS細胞由来心筋細胞においても、SARS-CoV-2曝露によるウイルス増殖がクロミプラミン1時間後処置でも99%近く抑制されることが明らかになっている。

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    クロミプラミンによるレムデシビルのSARS-CoV-2増殖抑制作用の増強効果 (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、in silico解析や生化学的なACE2受容体結合実験を行い、クロミプラミンがSタンパク質の受容体結合領域に少ししか作用しないこと、Sタンパク質とACE2受容体との結合は阻害せず、その後におこるACE2内在化(=細胞内侵入)を強く阻害することも解明された。

これらの結果から、クロミプラミンは、既存のCOVID-19治療薬とは作用点が異なるため、併用による相乗効果が期待できるという。さらに、ACE2内在化の阻害という宿主受容体を標的とするメカニズムを持つため、国際的に問題となっているウイルス受容体と結合する領域の変異に関わらず、一定の治療効果が期待できるとしている。今後は、SARS-CoV-2感染モデル動物を用いて有効性と安全性を検証し、迅速な実用化を目指しすとした。