1990年代から始まったヒトゲノム解析は、次世代シーケンサーの登場により、劇的にDNAの読み取り時間が高速化され、活用の範囲が広がり、医療現場での活用の道が開かれた。

しかし、DNAの読み取ち速度が5分ほどと高速化されても後段のデータ処理が現在でも1件あたり50分程度かかるため、1日あたりの全体の処理能力は9件ほどとゲノム解析の普及拡大を妨げる要因となっている。

そんなデータ処理をより高速かつ安価に実現できるソリューションの開発に日本の半導体ベンチャーが挑んでいる。2020年9月に創業したばかりのその会社の名前を「Mitate Zepto Technica(MZT)」という。同社の目標は「がんゲノム診断を一気通貫で世界に普及させること」であり、データ解析の高速化ソリューションはその第一歩となる。

その具体的な実現手法としては、専用アクセラレータのASICを自社開発し、それで並列処理を行うことを目指している。肝となる最適化アルゴリズムについては、ほぼ形が見えてきたという。

2021年の春先以降は論理設計、物理設計と進み、2021年10月ころにはTSMCの28nm HPC+プロセスを用いて試作チップの生産に入る予定としている。同チップは1コア1チップ構成で、それをPCIe Gen4対応のモジュール上に16枚搭載(DDR4-3200 SDRAM16チップも同時に搭載)。実際のワークステーションでの使用の際には5枚セット(80チップ)とすることで、データ解析時間を従来の10分の1となる5分での完了を目指すことを掲げている。また、システム導入コストについても、従来ソリューション比で10分の1となる200万円での提供を目指すとしている。

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  • 競合製品との性能比較と開発ロードマップ (資料提供:MZT)

近年の半導体業界のトレンドは、ASICを製造するには数億円、場合によっては数十億円規模のコストが必要かつ、数十万、数百万個規模でチップを販売できる市場でなければ採算が採れなくなっており、それほど数が出ない市場にはFPGAを適用するといったものとなっているが、同社の考えはまったくの逆の方向での取り組みといえる。

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    開発予定のASICの性能概要。演算ボード1枚につき16チップを搭載し、ワークステーションにはそれを5枚搭載することで処理時間5分の実現を狙う (資料提供:MZT)

この考えについて、同社の原島圭介CEOは、「設計コストを下げることで製品価格の低減は可能」とする。そのため、5nmプロセスでの半導体設計ノウハウを有する設計エンジニアなどを抱えているにもかかわらず、あえて価格と供給がこなれている28nmプロセスを選択したほか、1チップ1コアというシンプルな構成を採用。メモリも最新のDDR5ではなく、価格的にも供給量的にもこなれたDDR4を選択するという、徹底的にコスト低減を意識しつつ、性能を発揮できる仕様を策定している。

システム価格として掲げる200万円という額は医療機関として考えれば必ずしも高額というほどのものではない。現在、日本の医療機関は400床以上の病院でなければゲノム解析を導入できていないがその背景には、価格や作業負担の問題などが考えられている。「解析コストを下げられれば、医療現場でも遺伝子診断が容易に行えるようになる。DNAの読み取りに5分、データ解析でも5分、合計10分程度であれば、1日に100人弱の読み取りが可能となる。それだけの数があれば、医療機関が手元でシステムを導入して解析するための敷居がさがることが期待される。その結果、遺伝子診断に必要とするスピードも改善されると期待している」と原島氏は市場の拡大への期待を語る。

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    主な想定顧客のイメージ (資料提供:MZT)

また、解析コストが安価になれば、医療のみならず、農業や畜産、バイオエネルギーなどといった異分野での活用にも道が開けることとなる。

期待が膨らむ同社のASIC開発だが、量産チップのテープアウトは2022年の春を予定している。そのため、実際にASICが製造されて、モジュールに搭載された形で提供する時期について原島氏は「2023年初頭には最初の製品の販売にこぎつけたい考え」と見通しを示す。

その販売については、日本で基板製造などを手掛ける大手メーカーとパートナーシップを締結し、その販売網を活用して、日本をはじめ、中国、米国、欧州に向けて販売していく計画だという。また、医療機関などとの実証実験も試作チップが製造された段階からスタートすることを考えているとしており、1人でも多くのがん患者がゲノム解析を活用することで救えるような社会を創っていければ、としている。