2020年7月に日本から打ち上げられた、アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「ホープ」が、2021年2月9日(日本時間10日)、火星周回軌道への投入に成功した。

火星周回軌道への到達に成功したのは、米国、ソビエト連邦(ロシア)、欧州、インドに次いで4番目で、中東・アラブ諸国では初の偉業となる。さらに月探査や、2117年までに火星に都市を建設する計画も進める。

  • 火星探査機ホープ

    火星探査機ホープの想像図 (C) MBRSC/UAE Space Agency

ホープとは?

ホープ(Hope)はUAEのドバイ政府宇宙機関であるムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター(MBRSC)が開発した火星探査機で、UAEにとって初の火星探査機であるとともに、地球を回る軌道の外へ出ていく初めてのミッションでもある。

さらに、2021年はUAEの建国50周年にあたることから、その記念碑的な意味合いも込められている。

機体の直径は2.37m、高さ2.90mで、太陽電池を広げた際の長さは約8m。打ち上げ時の質量は約1.35tと、小型自動車くらいの大きさをもつ。

開発にあたっては米国のコロラド大学ボルダー校から知識移転が行われたほか、探査機の開発も同校を中心に行われた。しかし、あくまで開発の主体はMBRSCにあり、UAEと米国のエンジニアや科学者たちが協力し合い、探査機や観測機器の開発を行った。

ホープは2020年7月20日、三菱重工業のH-IIAロケットに搭載され、種子島宇宙センターから打ち上げに成功。直接火星へ向かう軌道に投入されたホープは、途中軌道を微調整しつつ火星に接近した。

そして2021年2月10日0時30分ごろ(日本時間、以下同)、あらかじめ送られた指令に従い、火星を回る軌道に入るためのスラスター噴射を開始。噴射は約27分間続いたのち、正常に停止。その後、探査機からの信号などを確認した結果、計画どおり火星の周回軌道に乗っていることが確認された。

探査機を火星周回軌道へ投入することに成功したのは、米国、ソ連(ロシア)、欧州、インドに次いで4番目で、中東・アラブ諸国では初の偉業となる。

ドバイの首長でUAE副大統領兼首相のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム氏は、Twitterを通じて「この成果をとても誇りに思います。砂漠の砂丘から始まった私たちの旅はいま、宇宙へと至りました。これは私たちの国の指導者たちが、火星探査機の開発に挑んだ人々を信じ、投資した結果です。アラブを科学と技術革新の最先端に誘う、新しい章が始まりました」とコメントし、この成功を讃えた。

ホープは今後、観測機器の確認や試験などを行いつつ、3月には観測を行うための軌道に乗り移る。そして、4月から本格的な観測を開始。9月には科学データの公開、共有が始まるという。ミッション期間は2~4年間の予定となっている。

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    ホープを搭載したH-IIAロケットの打ち上げの様子 (C) 三菱重工

火星の大気や環境の謎を解き明かすホープ

ホープは、主に火星の大気に焦点を当てた探査を行うことを目的としている。

火星にはかつて分厚い大気があり、気候は温暖で、液体の海もあるなど、いまの地球のような惑星だったと考えられている。しかし、現在の火星には薄い大気しかなく、地球とは似ても似つかない荒涼とした世界に成り果てている。

はたして過去の火星に本当に分厚い大気があったのか、もしそうなら、なぜその大気が失われたのか、そして液体の海があったとすれば生命はいたのか、といったことは、惑星科学における大きな謎のひとつとなっている。

そこでホープは、大きく3種類の観測機器を使い、火星の大気や気候のメカニズムや、大気の上層と下層がどのように相互作用しているのか、また大気が宇宙空間へ流れ出す「大気散逸」という現象がどのように起こっているのかなどを解明することを目指している。

これまでにも、他国の探査機が火星の大気を調べたことはあったが、ホープには一年を通した大気の変化、すなわち季節によって大気や気候がどう変わるのかを捉えることができるという、他にはない特長があり、その成果には世界中の惑星科学者が注目している。

ホープが火星の大気に焦点を当てた理由について、同ミッションのプロジェクト・ディレクターを務めるMBRSCのオムラン・シャラフ氏は「国際的なサイエンスのコミュニティとの緻密な議論の結果、将来性や国際的なサイエンスへの貢献といった観点から、大気を理解するミッションを行うことにした」と語る。

また「ホープによる観測で、火星大気の全体像を掴みたい」と意気込む。

そして「ホープのデータは、日本を含めた世界中の科学界にも提供していきたい。これにより両国の科学力を高め、科学界全体に影響を与えていきたい」と語っている。

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    打ち上げに向けて組み立て中のホープ (C) MBRSC/UAE Space Agency

2117年には火星に都市を建設

UAEはまた、2117年までに火星に都市を建設することを目指した、「マーズ2117(Mars 2117)」という壮大な構想も進めている。

この構想は、2017年4月12日に発表された、UAEとしての国家宇宙計画(National Space Programme)の中で定められたもので、ホープはその先駆けと位置づけられている。

この火星移民計画について、マクトゥーム氏は発表当時、「このプロジェクトでは、国際協力を得ながら、火星に小さな都市やコミュニティを造る展望を抱いています。来るべき次の世紀に、科学や技術、知識に対する若者たちの情熱が発展していくことを望んでいます」と述べ、その意義を強調している。

もっとも現在のところ、ホープからこの火星移住計画へどうつなげていくか、またこの約100年の間にどのような宇宙計画を考えているかについては、まだ不透明である。アラブ首長国連邦宇宙機関(UAESA)のムハンマド・アルアハバビ総裁はホープの打ち上げ後、「ホープは私たちにとって初の火星探査機であり、宇宙探査、科学にフォーカスを置いている。そこから得られるデータに基づいて、今後について考えていきたい」と語るにとどまっている。

UAEは2006年から宇宙開発への取り組みを本格化し、国産の地球観測衛星の開発や、外注した偵察衛星の打ち上げ、運用などを相次いで実施している。

また昨年9月には、マクトゥーム氏が「2024年までに、無人の月探査車を月に送り込む」と表明。詳細はまだ不明なものの、これまでに探査されたことない場所に着陸し、画像や科学データを取得するほか、それらを世界中の研究機関と共有するとしており、今回のホープの成功とあわせ、宇宙開発における存在感を増しつつある。

参考文献

Hope Mars Missionさん (@HopeMarsMission) / Twitter
Home | Emirates Mars Mission
HH Sheikh MohammedさんはTwitterを使っています 「We are launching the first-ever Arab mission to the moon by 2024. The lunar rover will send back images & data from new sites of the moon that haven’t been explored by previous lunar missions. The gathered data will be shared with global research centers & institutions./ Twitter