ロシア国営宇宙企業ロスコスモスとロシア航空宇宙軍は2020年12月14日、新型ロケット「アンガラーA5」試験機2号機の打ち上げに成功した。

アンガラーはロシアの次世代ロケットとして、その将来を嘱望されながら、さまざまな問題により開発は大幅に遅延。今回の打ち上げも2014年以来、じつに6年ぶりとなった。

はたしてアンガラーとはどんなロケットなのか。その概要から、なぜ計画が遅れ続けているのか、将来の展望などについてみていきたい。

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    アンガラーA5 2号機の打ち上げの様子 (C) Ministry of Defence of the Russian Federation

アンガラーとは?

アンガラー(Angara)はロシアが開発中のロケットで、現在運用中の中型ロケット「ソユーズ」や大型ロケット「プロトン」など、ロシアのロケットを全面的に代替、刷新することを目的としている。アンガラーとは、シベリアのバイカル湖から流れる長大な川の名前からとられている。

「ソユーズ」が開発されたのは1950年代、「プロトン」も1960年代とかなり古い。エンジンや電子機器などは改良されているものの根本的な設計の古さは隠せず、コストや運用性などの面で欧米などの新型ロケットに太刀打ちできなくなりつつあり、新世代のロケットが求められたという背景がある。

また、ソユーズやプロトンは一部にウクライナ製の部品を使っているが、ソ連解体後、独立したウクライナは、その部品の値段を吊り上げるようになり、ロシアはロケット打ち上げのために背に腹は代えられず、それを受け入れざるを得ない状況になったとされる。さらに2014年のウクライナ紛争後は、入手性そのものに難が生じるようになった。

くわえて、近年では解消されつつあるが、ロシアにとって主力となるロケット発射場のひとつバイコヌール宇宙基地がカザフスタン領内にあることから、ロシア連邦の成立直後は同基地が使用できなくなることも懸念されていた。

このため、ウクライナとカザフスタンへの依存に終止符を打てる、純国産ロケットが求められたという背景もあった。

こうした数々の要求を叶えるため、アンガラーは、ソユーズとプロトン、さらには大陸間弾道ミサイルを転用した小型ロケットも代替すること目指すという、二兎どころか三兎も四兎も追いかけるというきわめて野心的なロケットとなった。

それを実現するため、アンガラーは「モジュール式ロケット」というアイデアを採用した。これは、第1段機体にあたる「ユニバーサル・ロケット・モジュール1(URM-1)」を1基のみ使ったり、3基、5基、7基と束ねたり、また上段を載せ替えたりと、その構成を柔軟に組み替えられるようにすることで、多種多様な打ち上げ能力のロケットを容易に造ることを目指したものである。

すなわち、アンガラーという名前のロケットは、小型ロケットでもあり、中型ロケットでもあり、また大型ロケットでもあり、そして超大型ロケットにもなれ、数tの小型衛星から数十tの大型衛星、さらには有人宇宙船や宇宙ステーションのモジュールまで、さまざまなペイロードを打ち上げることができる。また、URM-1を量産することで低コスト化や信頼性向上も図れると期待された。

アンガラーの開発は、かつてプロトンを開発したGKNPTsフルーニチェフ社が担当。製造は、同社の傘下にある、かつて小型のロケットなどを製造していたPOポリョートが担当する(ただし後述するように、この役割分担はまだ実現していない)。

URM-1のロケットエンジンには、史上最強のロケットエンジンのひとつとして知られるRD-170から派生したRD-191を使うほか、第2段や第3段にも現在のロシアが有する高性能なエンジンを使う。とくにプロトンは、非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素という有害な推進剤を使っており、分離し地上に落下した機体が環境汚染を引き起こすという問題も抱えていることから、ケロシンや液体酸素といった比較的環境や人体に優しい推進剤を使う点が大きな売りのひとつともなっている。

打ち上げも、ロシア北西部にあるプレセーツク宇宙基地と、極東に建設中にヴォストーチュヌィ宇宙基地から行う。カザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地には発射施設は建設されない。

設計から製造に至るまで、すべてロシア国内で実施し、部品もロシア製で、そして打ち上げもロシアの地からのみ行える、まさに“ロシアのロケット”である。

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    アンガラーの最大の特徴であるモジュール式を示した図。第1段機体URM-1の組み合わせでさまざまなロケットを造ることができる。左から、小型ロケット級のアンガラー1.2、中型ロケット級のアンガラーA3、大型ロケットのアンガラーA5 (C) Roskosmos

2014年の初打ち上げと6年の沈黙

アンガラーの歴史は、ロシア連邦の誕生直後の1992年に、ソユーズやプロトンなどを代替する新型ロケットの開発が決定されたことに端を発する。その後、ロシアにある大手宇宙企業3社から提案が出され、検討の結果、フルーニチェフが担当することになった。

しかし、当時のロシアは資金難にあえいでおり、アンガラーをはじめ宇宙開発全体の予算もきわめて低調だった。当初、初打ち上げは2005年を目指すとされたが大幅に遅れた。とくに1994年から2005年まで、フルーニチェフはロシア政府からほとんど資金提供を受けられず、ほとんど自社資金だけで開発を続けていたとされる。さらに、この約10年の停滞は技術者の離散や世代交代の失敗を呼び、技術力の低下となって表れ、開発がさらに遅延するという悪循環に陥った。

2002年には、独自のロケットを求めていた韓国との間で、アンガラーの第1段機体であるURM-1を輸出する話が持ち上がった。韓国はこれに自国で開発した第2段機体を搭載して「羅老」ロケットとして仕立てた一方、フルーニチェフ側はURM-1やエンジンの開発や試験のための資金を手に入れることに成功した。

2009年になり、アンガラーの肝となるURM-1の開発がようやく完了。続いて第2段機体の開発も完了し、プレセーツク宇宙基地では発射施設も建設された。2013年からはヴォストーチュヌィ宇宙基地の発射施設の建設も始まった。

そして2014年7月9日、アンガラーのさまざまな形態のうち、最も小さな「アンガラー1.2」の試験機となる「アンガラー1.2PP」がプレセーツク宇宙基地から打ち上げられた。この試験打ち上げは、衛星を軌道に乗せないサブオービタル飛行で行われ、第2段とマス・シミュレーター(衛星を模した重り)はともに、プレセーツク宇宙基地から東に約5700km離れた、カムチャツカ半島にあるクラー試験場に着弾した。

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    2014年7月9日に打ち上げられたアンガラー1.2PP (C) Ministry of Defence of the Russian Federation

さらに同年12月23日には、大型ロケット形態の「アンガラーA5」が初打ち上げを実施。約9時間後に、予定どおりマス・シミュレーターを静止軌道に投入することに成功した。1992年の開発決定から22年、ロシアの地から、ロシアだけの力で造ったロケットを打ち上げるという努力は、ついに実を結んだ――はずだった。

しかしこの後、アンガラーにはさまざまな問題が発生。それから今回の打ち上げまで、じつに6年もの間、アンガラーは地上で沈黙を続けることとなったのである。

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    2014年に打ち上げられたアンガラーA5の試験機1号機 (C) Ministry of Defence of the Russian Federation