東京都立大学(都立大)は10月27日、アルツハイマー病において、塊を作ることで神経細胞死を引き起こすと考えられているタンパク質「タウ」が脳に溜まるメカニズムとして、酵素「MARK4」の疾患変異型がタウにリン酸化修飾を施すことで、タウが形を変えてよりくっつきやすくなって固まりやすくなり、さらに水にも溶けにくなることで、蓄積しやすくなることを発見したと発表した。

同成果は、都立大大学院理学研究科生命科学専攻の大場俊弥大学院生、同・斎藤太郎助教、同・安藤香奈絵准教授、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター認知症先進医療開発センターアルツハイマー病研究部の飯島浩一部長らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載された。

日本を含む先進国においてヒトの寿命が延びたことで、神経変性疾患を発症する高齢者が年々増加している。老年性認知症の要因として最も割合を占めているのが、アルツハイマー病だ。アルツハイマー病は、タウが脳に溜まることで、脳の機能を担う神経細胞が死んでいき、記憶障害や生活機能障害が起きる病気である。

タウの脳への蓄積を抑えられれば、神経細胞死を防げる可能性がある。しかし、どうしてタウが蓄積してしまうのか、その仕組みは解明されていなかった。つまり、タウが蓄積するメカニズムを明らかにすることができれば、アルツハイマー病の治療方法の開発や、予防法の発見につながる可能性があるのである。

これまでの研究により、以下の3点が見えてきたという。

  1. アルツハイマー病の患者の脳内では、疾患変異型のMARK4の発現量が上昇
  2. MARK4の活性が、タウの病理学的な変化と共局在している
  3. 近年のゲノム解析により、疾患変異型MARK4はアルツハイマー病の発症リスクと相関関係にある

これら3点の理由から、共同研究チームはMARK4という酵素に注目。今回、アルツハイマー病でタウが蓄積するメカニズムを探ることにしたという。

研究チームがアルツハイマー病のモデルとして主に使用しているのが、ショウジョウバエだ。ショウジョウバエでは高度な遺伝子操作が可能で、さらにその一生はわずか2か月と、ヒトに比べて圧倒的に短い。そのため、加齢に伴う疾患の研究を短期間で行えるというメリットがある。

ショウジョウバエの脳では、ヒトのアルツハイマー病の解明には役に立つのか疑問に思うかもしれない。しかし、実はヒトとハエの脳は類似した構造を持つ。また、ヒトの病気に関わる分子の多くをショウジョウバエも有しているという。哺乳類と昆虫で生物としてかなり離れているように思われるが、意外と共通部分もあるのだ。これらの性質を利用して作られたアルツハイマー病モデルショウジョウバエは、記憶力の低下、神経細胞死、運動障害、個体死など、ヒトと似た症状を示すとしている。

共同研究チームはこれまでの研究で、MARK4がタウをリン酸化することによって、神経細胞にタウが溜まりやすくすることを発見していた。そこで今回の研究では、新しいショウジョウバエモデルを使って、疾患変異型MARK4がタウに及ぼす影響の分析が行われた。すると、MARK4は本来の機能であるリン酸化に加えて、新たなメカニズムでタウの蓄積を促進することが判明したのである。

タウは、通常は1分子で存在している。しかし、たくさんのタウ分子が集まって塊になる(凝集する)と、通常と異なる振る舞いをする。疾患変異型MARK4は、このタウの凝集を促進していたのである。さらに、タウは通常では水に溶けやすい分子だが、疾患変異型MARK4により、水に溶けにくい形態を取ることで蓄積しやすくなることも確認された。

以上のことから、疾患変異型MARK4が、タウを固めたり、水に溶けにくくしたりすることで、神経細胞にタウが溜まりやすくし、その結果としてより神経細胞死が起きやすくなっていることが判明したのである。

今回の研究成果から、MARK4の異常がアルツハイマー病の発症や進行に関わることが示唆された形だ。今回の研究は疾患変異型MARK4に関するものだが、変異のないMARK4も、疾患によって今回のような異常な性質を獲得してしまう可能性があるという。アルツハイマー病の患者数は年々増えていく中で、その根本的な治療法はまだ確立されていない。共同研究チームは今後、MARK4を標的としたアルツハイマー病の治療戦略の開発への応用が期待されるとしている。

  • アルツハイマー病

    今回発見された、疾患変異型(悪玉)となった酵素MARK4と、それが生み出す悪性のタウのイメージ (出所:都立大Webサイト)