米航空宇宙メーカーのボーイングは2019年11月4日、開発中の有人宇宙船「スターライナー」の緊急脱出試験に成功した。

発射台で事故が起きたという想定で、ロケットから宇宙船を脱出させるシステムを実証するための試験で、今回の成功により、有人飛行の実現に一歩近づいた。

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    発射台からの緊急脱出試験を行った、ボーイングのスターライナー宇宙船 (C) NASA JSC/Boeing

スターライナーとは?

CST-100 スターライナー(Starliner)はボーイングが開発している有人宇宙船で、地球低軌道にある国際宇宙ステーション(ISS)などに、宇宙飛行士を輸送することを目的としている。

NASAは2000年代から、ISSへの物資や宇宙飛行士の輸送を民間に委託する計画を進めており、そのためのロケットや宇宙船を民間に開発させるとともに、それに対して補助金を出している。宇宙飛行士の輸送では、スペースXとボーイングの2社が選ばれており、スペースXは「クルー・ドラゴン」、そしてボーイングはスターライナーを開発している。

スターライナーは、クルー・モジュールと呼ばれる宇宙飛行士が乗り込む部分と、スラスターやタンク、バッテリーなどが収められたサービス・モジュールの2つから構成されている。全長は約5.0m、直径約4.5mで、同じカプセル型の宇宙船と比べると、アポロより大きく、オライオンよりは小さい。

クルー・モジュールには最大7人の宇宙飛行士が搭乗でき、軌道上に最大7か月間、留まることができるようになっている。また、耐熱シールドなど以外の主要な構造物は、最大10回の再使用を可能としている。

サービス・モジュールには、発射台上や飛行中のロケットから脱出する際に使う4基の強力なスラスターのほか、姿勢制御や軌道変更に使うスラスターが集まったポッド、そして太陽電池などを装備している。

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    宇宙を飛ぶスターライナー宇宙船の想像図 (C) Boeing

今回行われたのは、この緊急脱出に使うスラスターを使い、実際に発射台から脱出できるかどうかを確かめる試験だった。

このスラスターはRS-88、愛称「バンタム(Bantam)」と呼ばれ、推進剤に四酸化二窒素(NTO)とモノメチルヒドラジン(MMH)を使用する。ちなみにバンタムは、もともとNASAが1997年に立ち上げた、低コストのロケット・エンジンを開発するプログラムのもとで開発が始まったもので、推進剤の組み合わせの違いなどで、さまざまな種類がある。開発後、長い間日の目を見ることはなかったが、紆余曲折を経て、そのうちのひとつがスターライナーの脱出用エンジンとして採用されることになった。

打ち上げ準備中や、ロケットの飛行中に問題が起きた際には、すぐさまバンタムに点火され、宇宙船をロケットから引き離す。宇宙船は上空高くへ飛び上がったのち、通常の帰還のようにパラシュートを開いて降下、着陸する。

ちなみに、こうした脱出システムは、ロシアの「ソユーズ」や米国のアポロをはじめ、古今東西ほとんどの宇宙船に装備されていたが、そのすべてがトラクター方式、すなわち宇宙船の前部にスラスターを装備し、引っ張るようにしてロケットから引き離す形式だった。スターライナーのように、宇宙船の下部にスラスターを装備して、押し上げるようにして噴射して脱出する形式はきわめて珍しい。

試験は11月4日、ニュー・メキシコ州にある、米国陸軍のホワイト・サンズ・ミサイル試験場で行われた。発射台上で問題が起きたという想定で、まず4基のRS-88、そして軌道変更用と姿勢制御用スラスターに同時に点火し、宇宙船を上空へと押し上げた。飛行開始から約5秒後に、RS-88エンジンは燃焼を終了。スターライナーは姿勢を制御しつつ、高度約4500ft(約1.4km)に到達した。

そしてパラシュートを展開し、続いてクルー・モジュールからサービス・モジュールを分離。さらに耐熱シールドも分離したのち、エアバッグを膨らませ、地上に着陸した。発射から着陸までの時間は約95秒だった。

なお、本来パラシュートは3基開く予定だったが、なんらかのトラブルにより2基しか開かなかった。もっとも、2基でも十分安全に降下と着陸はできるように設計されており、ボーイングとNASAでは、今回の試験は「成功」と位置づけている。ただ、1基が開かなかったのは事実であり、今後の開発や試験のスケジュールに影響を与える可能性もある。

スターライナー開発のプログラム・マネージャーを務める、ボーイングのJohn Mulholland氏は「今日私たちは、万が一打ち上げを中止しなければならなくなった場合でも、宇宙飛行士を安全にたもることができることを示しました」とコメントしている。

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    試験を終え、地上に着陸したスターライナー (C) NASA JSC/Boeing

スターライナーにとって、次のステップは無人での宇宙飛行となる。打ち上げ日は現時点で今年12月17日に予定されており、フロリダ州にあるケープ・カナベラル空軍ステーションから、アトラスVロケットで打ち上げられる。

有人での宇宙飛行は、2020年の第1四半期に予定されているが、無人飛行の試験結果などによっては遅れる可能性もある。

一方、スペースXのクルー・ドラゴンは、すでに今年3月に無人での宇宙飛行を行っている。今後、今年12月に、飛行中のロケットからカプセルを脱出させる試験を行い、2020年の第1四半期に有人での試験飛行を行う予定となっている。

ただ、スターライナーもクルー・ドラゴンも、開発スケジュールは当初の計画から大幅に遅れており、さらに現在もまだ、完成の見通しははっきりとは立っていない。そのためNASAでは、さらなる開発の遅れに備え、ロシアからソユーズ宇宙船の座席を追加購入することを検討している。

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    打ち上げを待つスターライナーの想像図 (C) NASA/Boeing

出典

Boeing: Starliner completes successful pad abort test
Boeing’s Starliner Completes Pad Abort Test for Commercial Crew | NASA
Boeing: CST-100 Starliner

鳥嶋真也(とりしましんや)

著者プロフィール

宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。

宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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