ispaceは8月22日、同社の月面探査プログラム「HAKUTO-R」に関する記者会見を開催し、計画の変更について明らかにした。これまでは、ミッション1(月周回)を2020年半ば、ミッション2(月着陸)を2021年半ばに実施する予定だったが、最初のミッションから月着陸を目指し、時期は2021年後半に遅らせるという。

  • 袴田武史

    ispaceの袴田武史・ファウンダー&代表取締役

ミッション1を延期した理由の1つは、ランダー開発の遅れだ。構造系では強度不足への対策、推進系では配管の最適化に、予想以上の時間を要していた。これらの問題についてはすでに解決済みであるものの、改善と検証を繰り返した結果、スケジュール変更の必要性が生じていた。

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    ボディの強度が不足。何度も設計をやり直し、半年ほどの試行錯誤でようやく想定通りの強度が出たという

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    推進系の部品は実績のあるものを調達するものの、配管はランダーに合わせた設計が必要となる

もう1つの理由は、米国航空宇宙局(NASA)の「Commercial Lunar Payload Services」(商業月面輸送サービス:CLPS)プログラムへの対応だ。

2018年に始まったCLPSは、10年間で約26億ドルの予算をかけて、民間の月面輸送事業者の育成を目指すプログラムである。ispaceは、米国のDraper研究所などとチームを組んで、このプログラムに参加。1回目の入札では受注を獲得することはできなかったものの、10年間で20件程度のミッションが行われる予定とのことで、まだまだ機会はある。

参考:ispaceのチームがNASA CLPSプログラムに採択、民間月面探査が本格化へ

同社は独自ミッションとしてHAKUTO-Rを立ち上げたが、その後にCLPSプログラムがスタート。当初は、まずHAKUTO-Rの月周回ランダーを開発し、それをベースにCLPS対応の月着陸ランダーを用意することを検討していたものの、限られたリソースの中で2つの開発計画を並行して進めるのはリスクが高いと判断、月着陸ランダーへの一本化を決めた。

新しいミッション1では、月着陸を目指す。旧ミッション1でもハードランディングは行う予定だったが、ソフトランディングを狙うことになる。ソフトランディングは、今年4月、世界初の民間による月着陸を目指したイスラエルのSpaceILが失敗しており、月周回に比べると、難易度はかなり上がる。

CLPSは機体ではなく輸送サービスを購入するプログラムであるため、CLPSのペイロードを受注できれば、それをミッション1に搭載する。ただ、もし受注できなくても独自ミッションとして実施し、実験機器や観測機器などHAKUTO-Rのペイロードを搭載する予定だ。

その次のミッション2では、月着陸と探査を行う計画。移動探査のために、ローバーも搭載する予定だ。なお今回の計画変更に伴い、ミッション2の実施時期は、当初の2021年半ばから2023年前半へと延期された。

今回の計画変更で、ミッション1の実施時期は1年遅くなったものの、月着陸の予定自体は2021年から変わっていない。月周回をキャンセルして、月着陸によりフォーカスした結果と見ることもできるだろう。

ispaceの袴田武史・ファウンダー&代表取締役は、「CLPSにおいて、NASAはプライスインセンティブを出すなど、早期の着陸に非常に高い関心を持っている」と指摘。「マーケットで優位に立つためには、なるべく早く月面に到着し、輸送サービス能力を実証することが重要」と判断したことが、計画変更の大きな要因となったことを示した。

また同日、HAKUTO-Rの新たなコーポレートパートナーとして、シチズン時計、スズキ、住友商事の3社が加わったことも発表された。すでに発表済みの日本航空、三井住友海上火災保険、日本特殊陶業と合わせ、これでコーポレートパートナーは計6社となった。

  • HAKUTO-R

    HAKUTO-Rのコーポレートパートナーはこれで6社に

シチズン時計は、同社の腕時計で採用している素材「スーパーチタニウム」を提供する。チタンは軽くて強度が高いため、宇宙でも使われることが多い素材だが、HAKUTO-Rではランダーとローバーにスーパーチタニウム製の部品を採用する予定だという。

スズキは、Google Lunar XPRIZEのときのHAKUTOから引き続いての参加となる。自動車開発で培ってきた構造解析技術を用いて、ランダーのボディや着陸脚などの開発に協力。月着陸時の衝撃を小型軽量の部品で吸収することを目指す。

住友商事はこれまで、米国合弁企業の宇宙服や環境制御システムなどを通じて、政府主導の国際宇宙ステーション関連事業に関わってきた。今回、民間宇宙開発という新領域に参入し、商社ならではの貢献・支援を行っていくという。

ispaceの中村貴裕・ディレクター&COOによれば、HAKUTO-Rでは「従来の宇宙系企業・機関に加え、非宇宙系の企業に参画してもらうことを重視している」という。「これにより、新たなイノベーションが生まれ、産業が大きく成長する。HAKUTO-Rをプラットフォームとして活用してもらい、地上の技術やノウハウをうまく取り入れて、宇宙開発の新たな形に挑戦していきたい」と期待した。

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    ispaceの中村貴裕・ディレクター&COO

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    HAKUTO-Rには、非宇宙系の企業も多く参画している