新たなる打上執行責任者

ところで、今回説明に立った田村氏は、この春よりH-IIA/H-IIBロケット打上執行責任者に就任。このH-IIBロケット8号機が就任後初の打ち上げとなる。

これについて、報道陣から「プレッシャーはありますか?」と問われた田村氏は「プレッシャーがないといえば、嘘になりますね(笑)」と少しはにかみながら回答。ただ、直後に引き締まった表情で「諸先輩がたが成し遂げてきた連続成功を、きちっと引き継いでいくのが使命だと思っています。一つひとつ確実に作業をすることで達成したいという想いで、打ち上げに臨みたいと思います」と語った。

就任に先立っては、前任の打上執行責任者である二村幸基氏の下で、「執行責任者付き」という立場で2年間、8機のロケットの打ち上げをこなした。そのなかで、二村氏から多くのことを学んだという。

「二村さんからは、どんな課題が起きても、オンタイム(定時)打ち上げや打ち上げ成功に向けて、すべてを考え尽くし、何事もやり抜くことが大事なのだということを学びました。二村さんはそれを『前向きな執念』という言葉でもって表現していました。私もそれを踏襲していきたいと思います」(田村氏)。

ちなみに就任の際、二村氏からは「打上執行責任者というのは、最後に『No』と言える力を持っているんだよ」という言葉をかけられたという。打ち上げに向けた作業中になにかが起きた際、打ち上げにストップをかけられる権限があり、それを下す勇気も必要であり、そしてどのような判断を下すにしてもすべてに責任があるのだという、端的ながら重い言葉である。

  • H-IIB

    この春からH-IIA/H-IIBロケット打上執行責任者に就任した、三菱重工 防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部 副事業部長の田村篤俊(たむら・あつとし)氏

また、田村氏は、2010年から1年間、H-IIBのプロジェクト・マネージャーを務めた経験をもつ。

「私はH-IIBロケットのアシスタント・プロジェクト・マネージャーという役割を1年、そしてプロジェクト・マネージャーを1年務めました。この間、H-IIBロケットには、『CFT(Captive Firing Test)』という最後の重要な燃焼試験から、2号機の打ち上げといったイベントがありました。とくに2号機の打ち上げでは、初めて制御落下を行ったことが想い出に残っています」と振り返る。

「制御落下を行うにあたっては、JAXAさんと協議したり、関係各所と調整をしたりといったことをしました。また、打ち上げから制御落下を行うまでは、地球を1周させるので、1時間40分くらい待たないといけないのですが、その時間を耐え、機体が正常かどうか確認をし、エンジンを点火して……といった経緯を経て、制御落下に成功しました。本当にうまくいってよかったなぁ、というのが当時の想い出です」(田村氏)。

今回、奇しくも打上執行責任者になって初の打ち上げが、自身がプロマネを務めたH-IIBロケットとなったが、これについては「とくにH-IIAロケットとH-IIBロケットで区別していることはありません。諸先輩がたが続けてきた連続成功をきっちりと受け継いでいきたいと思っています」と語った。

  • H-IIB

    H-IIBロケット8号機について解説する田村氏

残り2機となったH-IIBと、次世代ロケット「H3」

日本最大のロケットとして華々しくデビューしたH-IIBも、打ち上げは9号機で終わり、つまり今号機を含め、残すところ今2機となった。

あるロケットの製造や運用が終わるというのも珍しいことで、三菱重工にとってはH-IIロケット以来となる。今回の取材中も、撮影は禁止だったが、H-IIBロケット9号機用の部品の製造や組み立てが進んでいる様子が見られた。

田村氏は「最終号機が近づいてきてるとはいっても、大きく苦労しているところはありません。7号機までで積み上げてきたものを地道に続けていく、最後まで成功を続ける、という考えで、いままでどおりのことを一つひとつしっかりとやっていくという気持ちです」と語る。

ただ、「バックアップ品を用意しているものもありますが、やはり最終号機ということもあり、大物の構造体などにはバックアップ品がないものもあるので、とくに気をつけて、慎重に、確実に作業をしています」とも語られた。

  • H-IIB

    H-IIBロケット8号機の第1段(左)と第2段(右)。第1段は前部側、第2段は後部側が写っている。組み立て時には、この面同士が結合され、1本の機体となる

H-IIBロケットの引退後は、次世代ロケット「H3」の出番となる。こちらも写真撮影はできなかったが、H-IIA/H-IIBロケットが組み立てられている工場の隣には、H3ロケット用の工場が新設。さらに、H-IIA/H-IIBロケットの組み立てが進むかたわらでに、H3ロケット用の部品やピカピカの治具が置いてあるなど、新しいロケットが誕生に向けて胎動している様子がみられた。

H3に向けた意気込みや取り組みとして、田村氏は「H-IIA/H-IIBロケットでは、製造やデータ評価などを人の手でやっているところがかなり多かったのですが、H3ロケットではそれらを自動化、省力化し、効率化することを目指してます。H-IIA.H-IIBロケットで確立したことを、H3ロケットに確実に移行させるんだということを、今回も含めた打ち上げ作業のなかで再認識し、そして(新旧ロケットを)連携させていきたいと思っています」と語った。

そのうえで、「(H-IIA/H-IIBロケットの)打ち上げ成功を続けることがH3ロケットにバトンタッチする最低条件。それを第一にきちっとやっていきたいと思っています」と、まずは間近に迫った打ち上げに向け、田村氏をはじめ、関係者の表情はきりりと引き締まっていた。

  • H-IIB

    H-IIBロケット8号機の第1段(右)と第2段(左右)。こちらは前の写真とは逆に、第1段は後部側、第2段は前部側が写っている。筆者の取材時にも、種子島への出荷、そして打ち上げに向けた準備が着々と進められていた

参考

H-IIB | ロケット | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
ロケット再突入データ取得システムの空力設計検証試験について - 宇宙航空研究開発機構特別資料 JAXA-SP-15-014
三菱重工|MHI 打上げ輸送サービス: 製品ラインアップ
三菱重工技報 | H-IIBロケットの開発状況
宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機 特設サイト | ファン!ファン!JAXA!

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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