米国航空宇宙局(NASA)は2019年4月23日、運用中の火星探査機「インサイト」が、火星の地震(Marsquake)と思われる現象を観測したと発表した。

火星で地震が起こっているかどうかはこれまで不明で、またそのメカニズムもわかっていない。今回のような地震の信号を分析することで、その謎に決着がつくとともに、火星の内部構造を詳しく知ることができると期待されている。

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    火星探査機「インサイト」の想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

火星の地震を調べるインサイト

インサイト(InSight)はNASAが開発した火星探査機で、2018年5月5日に打ち上げられ、同年11月26日に火星の赤道付近にある「エリシウム平原」に着陸。探査を開始した。運用期間は約2年を予定している。

これまでNASAをはじめ、人類は数多くの火星探査機を送り込んできたが、そのすべては火星の地表や大気、水や生命の有無といったことを調べるのに重点を置いていた。しかしインサイトは、史上初めて、火星の内部に重点を置いた探査を行うことを目的としている。

インサイトによる探査で期待されているのが、火星における地震活動の解明である。そのためにインサイトは「SEIS」と呼ばれる地震計を搭載。ほんのわずかな揺れも検知できる性能をもつとともに、火星には地球のように海や天気などによる雑音がないこともあり、きわめて小さな地震も捉えることができる。SEISは12月19日、ロボット・アームを使って火星の地表に設置され、観測を続けている。

地球の地震は、マントルの対流によってプレート(岩盤)が動くことで起こっている。火星にはプレートはないが、地殻が冷えて縮まることで地震が起こると考えられている。

また、地震が探知できれば、火星内部でどのような活動が起きているかがわかると同時に、地震の波の伝わり方を調べることで、火星の内部にどんな物質がどれだけあるのかを推定することもできる。また、インサイトにはSEISのほかにも、火星の地下に埋め込んだ熱流量計(温度計)、火星が自転軸に対してわずかにふらつく「極運動」と呼ばれる現象を調べる装置を搭載しており、これらのデータと合わせて分析すれば、火星内部についてより詳細かつ正確に推定することができる。そしてそこから、いまから約45億年前に火星ができたときの様子や、こんにちまでの進化の歴史も解き明かすことができるかもしれないと期待されている。

ちなみに、かつてNASAが実施した「アポロ」計画では、宇宙飛行士が月に5つの地震計を設置し、何千回もの地震を計測。それらは熱による収縮や、地球や太陽からの潮汐力、また隕石が衝突することで起きたと考えられているが、このとき、月の内部にあるさまざまな物資が、地震波の速度を変えたり反射したりすることを利用し、月の内部構造を分析することに役立っている。

さらに、SEISは火星に隕石が落下することで起こる地震も検知でき、その発生場所や大きさなども調べられるため、火星にどれくらいの頻度で隕石が落下し、どんな衝撃を与えているのかということもわかる。そのデータは、将来の有人火星探査を安全に進める上で役立つ。

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    インサイトが設置した地震計「SEIS」 (C) NASA/JPL-Caltech

新たな科学分野 - 「火星の地震学」

NASAによると、SEISが初めて地震らしき振動を捉えたのは2019年4月6日、インサイトが火星に着陸してから128火星日目のことだった。

SEISは風による振動や、探査機自身が発生する振動も捉えてしまうが、この日記録された振動はそれらとは明らかに異なり、火星の内部から来たことを強く示すものだったという。

探査に携わる、NASAジェット推進研究所(JPL)の主任研究員Bruce Banerdt氏は「私たちはこれまでノイズばかり捉えてきましたが、今回の振動を記録したことで、いよいよ『火星の地震学』という、新たな科学の分野が拓かれようとしています」と語る。

インサイトのSEISが捉えた、火星の地震と思われる振動。動画の中盤で聞こえるのが地震と思われる振動の音で、はじめに聞こえるのは風、終盤に聞こえるのはインサイトのロボット・アームの音である。なお、音量は聞こえやすくするために60倍にボリュームアップされており、実際の振動の音は聞こえないほど小さいという (C) NASA/JPL-Caltech

なお、今回捉えられた信号が本当に地震なのかどうかは、まだ分析中だという。

また、SEISは3月14日と4月10日、同11日も地震らしき信号を捉えたものの、今回発表された際の信号と比べると非常に小さく、本当に火星内部からのものだったのか起源が曖昧だという。研究チームは今回のデータを含め、これらのイベントについて引き続き分析していきたいとしている。

SEISチームのリーダーを務める、フランス・パリ国際物理学研究所(IPGP)のPhilippe Lognonne氏は、「このような信号を何ヶ月も待ち続けていました」と喜びを語る。

「火星でまだ地震活動が起こっていることを示す結果が現れたことは、非常にうれしく思います。これから分析し、その結果を発表できる機会を楽しみにしています」。

フランス航空宇宙研究センター(CNES)でSEISミッション・オペレーション・マネジャーを務めるCharles Yana氏は「私たちはこの最初の成果に喜んでいます。これからもSEISによって、さらに多くの観測を行っていきたいです」と語っている。

出典

News | NASA's InSight Detects First Likely 'Quake' on Mars
Measuring the Pulse of Mars - NASA's InSight Mars Lander
Space Images | InSight's Seismometer on the Martian Surface
Mission Overview | NASA
気象庁 | 地震発生のしくみ

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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