S-Booster 2018の最優秀賞を獲得

アストロオーシャン社は小型ロケットに対して洋上発射場の提供をビジネスにしようと目論む宇宙ベンチャー企業である。設立は昨年11月19日、内閣府主催の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster 2018」の最終選抜会当日のことだった。

最優秀賞に賞金1000万円が与えられることでも話題となったこのコンテストは、「宇宙のアセットを活用した、新たなビジネスアイデアを募集し、専門家によるメンタリングと呼ばれる、経営面での助言等を通じて、各アイデアの事業化に向けた支援を行う」(同HPより)というプログラムで、昨年が第二回目の開催。

このコンテストに応募し、書類選考を経て12名のファイナリストの一人に残った森琢磨氏は、午前中に法人登記を終えたばかりの企業のCEO(最高経営責任者)として、午後から渋谷ストリームホールで行われた4分間の最終プレゼンに臨んだ。

アイデアの中核にあるのは、小型ロケットの打ち上げ需要の増大で顕在化する、ロケット発射場の需給ギャップを、海底油田の採掘に使われる「石油掘削リグ」で埋めようというものだ。当日のプレゼンの模様は、YouTube JAXAチャンネルで見ることができる。

S-Booster 2018最終選抜会 ライブ中継(YouTube JAXAチャンネル)

最終プレゼンで森氏は、まず石油掘削リグを「映画『アルマゲドン』でご覧になったことがあるはず」と紹介。曳航により自由な場所に移動でき、脚を降ろして海底に固定。ヘリポートやクレーンを備え、テニスコート2面分以上の作業スペースが確保できる洋上プラットフォームであると説明し、さらに重量物や危険物の扱いに慣れた熟練のクルーがいることも大きなメリットであると説いた。

  • S-Booster 2018最終選抜会

    (JAXAチャンネルより)

そして、石油市況が悪化し、中古のリグがだぶついている今こそ、安く設備を入手するチャンスであるとアピール。プレゼン後の審査員からの質問にも淀みなく答え、コンテストの最優秀賞とスポンサー賞である大林組賞を受賞、合計1050万円の賞金を手にした。

そしてその夜行われた関係者との会合の席で、ロケットの洋上打ち上げというプランにぴったりの現在の社名「アストロオーシャン(Astocean)」が決まったという。

アストロオーシャンを立ち上げた森氏とは?

もともと森氏は石油掘削リグを運用する日本で唯一の企業「日本海洋掘削」の社員として、カタール沖でリグに乗船勤務している。リグの電気設備関係の維持管理業務に携わる、そのものズバリのプロ。さらに、森氏とチームを組んでコンテストに臨んだ山田龍太郎氏も、船長としてUAE・アブダビ沖のリグに乗務する。リグを隅々まで熟知し、100名近い多国籍のクルーを束ねる、ザ・プロフェッショナルである。

コンテストの審査員には宇宙飛行士をはじめ宇宙のプロも加わっている。そのプロたちに響いたのが、アストロオーシャンの戦略のキモである「ターゲットを小型ロケットに絞る」という点だ。実は過去に、その名もズバリ「SeaLaunch」という企業が商業ロケットの洋上打ち上げを行っていた。1995年設立の多国籍企業で、やはり石油掘削リグをプラットフォームに使用。静止衛星打ち上げに有利な赤道近くまで移動し発射できる点をメリットとしていたが、大型ロケットに合わせた設備改修や維持にコストがかさみ、2009年に経営破たんの憂き目に遭う。

小型ロケットのみを対象とし、リグの大幅な改修を行わなず、初期コストを抑えて早期にビジネスを軌道に乗せようというビジネスモデルが、SeaLaunch社の前例を知る審査員たちをも納得させた。逆に言えば改修が必要となるような大きさのロケットには手を出さないという思い切りが、好感を集めたとも言えるのだ。

リグを発射場に利用する際、その作業空間としての柔軟さも、ロケットオペレーターに対しての大きなアピールポイントだ。たとえば、リグの中央にそびえ立つ櫓(やぐら)は「デリック」と呼ばれるシンボル的な設備。ここで行われるのは、ドリルパイプを継ぎ足して穴を掘り、掘った土砂を泥水を循環させ回収し、すでに掘った穴の壁が崩れないよう、循環泥水の密度や成分を特別に調整するという、井戸を掘る上でもっともデリケートかつダイナミックな作業である。しかしこのデリックさえも、必要とあれば容易に取り外すことができるという。もちろんリグ上での電力・ガスの供給や重量物・危険物のハンドリングも、ノープロブレム。

リグ船長の山田龍太郎氏は、「ロケット本体もペイロードも、あるいは発射管制に関連する設備も、40フィートコンテナに仕込んでもらえれば、サプライボート(補給船)で運びクレーンで荷揚げするという、我々の日常の作業フローに収まります」という。

さらに、リグそのものが外洋へも移動できることは、別の大きなメリットをもたらす。日本近海での打ち上げでは、打ち上げ時期に関して漁業者などステークホルダーとの折衝が不可欠だ。しかし外洋に出られるならば、ステークホルダーの数そのものが「85%も減る」と森氏は言う。これにより、打ち上げウインドウ設定の自由度が増すことが期待される。

洋上での閉鎖空間であるリグの勤務体制は、4週勤務と4週休暇を繰り返すという特殊なものとなっている。その4週の休みを使って森氏は、コンテストの最終プレゼンに向けた準備や調査を進めた。複数のロケットオペレーターを訪ね、ヒアリングを重ねた。これはもちろん将来の営業活動の布石ともなるものだ。さらにニュージーランド北島のマヒア半島から打ち上げ実績を重ねる宇宙ベンチャー、ロケットラボ社の発射場も訪ねたという。 最終選抜会のプレゼンでは、発射場のネーミングライツビジネスや、発射観光のクルーズ船など、具体的なイメージの広がるアイデアも提示され聴衆の関心を集めた。授賞の式典は、新進の宇宙ベンチャー企業の誕生を祝福する場となったわけである。

  • S-Booster 2018の最優秀賞

    S-Booster 2018の最優秀賞受賞の様子(撮影:喜多充成)

トントン拍子で進んだ洋上打ち上げ実験

大貫氏のレポートにもあるように、洋上打ち上げというプランでファイナリストに残った森氏に興味を抱いたのが、以前から洋上打ち上げのチャンスを探っていた千葉工業大学の和田豊准教授(同大惑星探査研究センター上席研究員)だ。和田氏からコンタクトして森氏と連絡を取り合ったが、面談できたのは前述の最終選抜会の後のこと。受賞ブーストもあってトントン拍子に進み、千葉工大とアストロオーシャンは、将来の観測ロケットによる高高度からのサンプル採取も見据え、共同研究の枠組みで洋上打ち上げ実験に臨むことになったわけである。 後編では、洋上からの写真レポートをお届けする。

後編「新興ベンチャー「アストロオーシャン」が目指す新たな宇宙ビジネス(後編)」はコチラ

著者プロフィール

喜多充成(きた・みつなり)
週刊誌のニュースから子ども向けの科学系Webサイトまで幅広く手がける科学技術ライター。
産業技術や先端技術・宇宙開発についての知識をバックグラウンドとし、難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。
また、宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員も務める(2009-2014)。

共著書に『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)ほか。