欧州宇宙機関(ESA)は2019年2月7日、ロシアと共同で開発中の火星探査車の名前を、「ロザリンド・フランクリン」に決定したと発表した。

火星における生命の有無や、過去にいた痕跡を調べることを目指しており、2020年に打ち上げが予定されている。

  • ロザリンド・フランクリンの想像図

    火星に着陸したロザリンド・フランクリンの想像図 (C) ESA/ATG medialab

ロザリンド・フランクリン

ロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)は、ESAとロシア国営宇宙企業ロスコスモスが開発している火星探査車で、両国共同の火星探査計画「エクソマーズ」のひとつとして実施される。

探査車の名前は、DNAの構造の解明に大きな役割を果たした、英国の科学者ロザリンド・フランクリン氏からとられている。

ロザリンド・フランクリン(探査車)は、火星における生命の有無、あるいは過去にいた痕跡を探すことを目的としている。車体の前部にはドリルが搭載されており、地下約2mまで掘削し、土壌を収集する。火星の地表は、太陽光や宇宙線などの放射線にさらされているため、これにより地下の新鮮かつ、昔のままの状態の土壌を集めることができる。

集めた土壌は観測装置で分析し、鉱物含有量や組成、そして過去の火星の環境などを調査。また、地下に生物が存在するか、あるいは過去にしていれば、その証拠や痕跡も見つかるのではないかと期待されている。

打ち上げ時の質量は310kgで、6輪の車輪をもち、太陽電池で駆動する。また、センサーや人工知能を使い、ある程度の自律性をもって走行することができる。

開発や製造は、英国のスティーブニッジにあるエアバス・ディフェンス&スペースUKで行われている。

また、ロシアの航空宇宙企業NPOラーヴォチキンでは、ロザリンド・フランクリンを火星まで運び、大気圏突入や着陸を行う着陸機(名前はまだ未定)の開発も進んでいる。ただ探査車を運ぶだけでなく、観測装置も搭載されており、着陸後は定点観測も行う。

打ち上げは、現時点で2020年7月ごろの予定で、ロケットはロシアの「プロトンM/ブリースM」を使う。火星への着陸は2021年4月ごろに予定されている。

着陸場所は、火星の北緯18.3度、東経335.4度にある、「オキシア平原(Oxia Planum)」が予定されている。この場所は、かつて水が流れていた可能性があり、また、探査車の活動可能な範囲内に、科学的に興味深い場所が存在する可能性があることから選ばれた。

名前の発表会に登壇した、英国出身のESA宇宙飛行士ティモシー・ピーク氏は、「この探査車は、次世代の観測装置を搭載し、火星における完全自動化された実験室として、火星の地表を探査します。これまで欧州が培ってきた、探査技術の遺産と、新たな技術の融合によって生み出されました」と語る。

  • ロザリンド・フランクリン

    ロザリンド・フランクリンの着陸地点。4か所の候補地(赤い丸)の中から、中央やや上にみえる「オキシア平原(Oxia Planum)」が選ばれた (C) ESA/CartoDB

ロザリンド・フランクリン

探査車の名前の由来となった科学者のフランクリン氏は、1920年に英国で生まれ、ケンブリッジ大学を卒業。英国やフランスの研究機関での研究を経て、1951年にロンドン大学のキングズ・カレッジで研究職に就いた。

そこで、X線によるDNA結晶の解析装置に改良を加え、DNAの二重らせん構造の解明に大きく貢献。この成果はその後、DNAがどのように遺伝子を保存し、複製し、そして伝達していくかを理解することを可能にした。

1962年には、DNAの構造を解明したとして、フランクリン氏と同時期に研究していたジェームズ・ワトソン氏、フランシス・クリック氏、そしてモーリス・ウィルキンス氏に、ノーベル生理学・医学賞が与えられた。

しかし、フランクリン氏は1958年、がんのため亡くなっており、ノーベル賞は亡くなった人物には与えられないため、フランクリン氏は受賞者とはならなかった。

さらに、同じキングス・カレッジで研究仲間だったウィルキンス氏と仲が良くなかったこと、ワトソン氏も自著の中でフランクリン氏を貶める記述をしたこと、そしていま以上の女性差別があったこともあり、長い間、フランクリン氏の業績が正当に評価されることはなかった。

その後、2000年代に入ってからは、フランクリン氏を再評価する動きが高まり、その名前や業績が広く知られることになった。

  • ロザリンド・フランクリン氏

    探査車の名前の由来となったロザリンド・フランクリン氏 (C) MRC Laboratory of Molecular Biology/ESA

今回、探査車の名前の選定にあたっては、一般公募が行われ、3万6000人近いの応募の中からロザリンド・フランクリンが選ばれた。フランクリン氏の研究が、私たちが生命について理解することにつながったことを考えれば、火星で生命を探す探査車にとっては、これ以上ないほどふさわしい名前といえよう。そして同時に、彼女の功績が広く社会に知れ渡りつつあることを示す結果にもなった。

英国のクリス・スキッドモア科学大臣は、「フランクリン氏が当時、女性科学者として、多くの困難がありながら、それを打破したように、この探査車の冒険が成功し、女性科学者やエンジニアを奮い立たせることを期待します」と語る。

なお、英国宇宙機関によると、エクソマーズ計画の科学機器の3分の1以上は、女性の研究者が主導しているという。

また、ESAのヨーハン=ディートリッヒ・ヴァーナー長官は「フランクリン氏の名前がつけられたことは、人類の遺伝子の中に探検という要素が存在することを思い出させてくれます。科学は、私たちのDNAに刻み込まれており、そしてESAが行う事業の根幹でもあります。この探査車は、その精神を体現するものであり、私たちを宇宙探査の最前線に連れて行ってくれることでしょう」と期待を述べた。

エクソマーズ計画

エクソマーズ計画は、ESAとロスコスモスが共同で進める火星探査計画で、2016年に第1段にあたる「エクソマーズ2016」が始まり、火星の大気を調べる「トレイス・ガス・オービター(Trace Gas Orbiter:TGO)」と、着陸技術を実証する「スキアパレッリ(Schiaparelli)」が打ち上げられた。

そして、それに続く第2段となる計画が、探査車のロザリンド・フランクリンと、着陸機からなる、「エクソマーズ2020」である。

TGOは無事に火星周回軌道に入り、いまも観測を続けている。ロザリンド・フランクリンと地球の、通信の中継も担うことになっている。

一方、スキアパレッリは着陸に失敗。その技術は、ロザリンド・フランクリンの着陸機に使うことを目指していたが、開発や失敗から得られたデータなどがあるため、着陸機の開発に大きな影響はないという。

また、英国は欧州連合(EU)からの離脱を予定しており、すでに測位衛星「ガリレオ」などの宇宙計画では、英国が除外されることになるなど、影響が出ている。ただ、ESAの枠組みからは離脱しないことになっており、エクソマーズ計画に関しても、大きな影響はないという。

  • エクソマーズ2016の想像図

    エクソマーズ2016の想像図。左のトレイス・ガス・オービター(TGO)は火星周回軌道への投入に成功し、いまも観測を続けている。その右、画像中央にみえるスキアパレッリは着陸に失敗した (C) ESA/ATG medialab

出典

ESA’s Mars rover has a name - Rosalind Franklin / ExoMars / Exploration / Human and Robotic Exploration / Our Activities / ESA
Name of British built Mars rover revealed - GOV.UK
NASA In ESA's ExoMars Rover - NASA Mars
https://www.laspace.ru/projects/planets/exomars/
Space in Images - 2017 - 03 - ExoMars rover

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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