昨年10月、日本の月探査機「かぐや」などの観測データから、月の地下に巨大な空洞が広がっていることが確認され、大きな話題となった。

地下空洞は隕石や放射線の脅威を防ぎ、大きさも都市が建設できるほど広大なもので、将来の月面基地の建設地として活用できる可能性がある一方、月の表側にあることから、水や電力をどうやって確保するかという問題があった(詳しくは過去記事「月探査機「かぐや」、月に巨大な地下空洞を発見 - さらなる探査に期待膨らむ」を参照していただきたい)。

しかし、その問題を一挙に解決できるかもしれない、大きな発見が成し遂げられた。

米国のSETI研究所(SETI Institute)と火星研究所(Mars Institute)は2018年1月11日、米国航空宇宙局(NASA)の月探査機「ルナ・リコネサンス・オービター」(LRO)の観測データから、月の北極域に縦孔を初めて発見。さらに地下に空洞が広がっている可能性もあると発表した。

月の北極域には、かねてより水(氷)が存在する可能性が指摘されており、また電力確保の面でも月の表や裏側よりも有利なことから、月面基地建設の最有力候補といわれてきた。基地に転用しやすい地下空洞が存在する可能性が高まったことで、その流れはいっそう加速するかもしれない。

  • LROが撮影した月の縦孔

    ルナ・リコネサンス・オービターが撮影した、月の北極域に見つかった縦孔 (C) NASA/LRO/SETI Institute/Mars Institute/Pascal Lee

月の縦孔と地下空洞

まず、月の縦孔と地下空洞について、簡単におさらいしておきたい。

月の地面に縦孔があることは、2009年に日本の月探査機「かぐや」の観測によって明らかになった。その後、LROの観測によって孔の詳しい形状などを調べたところ、孔の底がほぼ平らになっており、さらに孔の奥に地下空間が広がっていることも明らかになった。そしてのちに、大きなものは3つ、小さなものを含めるとさらに多くの数の縦孔が見つかった。

研究者たちは、こうした孔ができた理由について「溶岩チューブ」が原因であると考えていた。火山活動で発生した溶岩が地面を流れていくと、次第に表面が冷えて固まる。しかし流れやすい溶岩の場合、表面が固まってもなお、表面の下をまだ溶岩が流れていくことがある。そして火山活動が終わると、中を流れた溶岩が抜けきって、固まった表面を天井とした空洞ができる。これが溶岩チューブである。

そして溶岩チューブができたあと、その上に隕石がぶつかるなどして天井部分が崩落、その結果現れたものがこの縦孔――別名「天窓」(Skylight)――だと考えられたのである。

もしそうだとしたら、この孔の奥には溶岩チューブの空洞が広がっているはずだった。そして昨年10月、JAXAなどによる国際共同研究チームは、「かぐや」やNASAの月探査機「グレイル」などのデータから、3つの大きな縦孔のうちのひとつ、「マリウス丘」という場所にある縦孔の地下に、たしかに地下空洞が、それも街が建設できるほど巨大なものがあることをつきとめた。

月の地下に空洞があるということは、科学的な探査によって大きな成果が期待できるばかりでなく、将来の月探査や移住にとっても大きな意味をもつ。

たとえば月の表面には無数の隕石や微小天体(メテオロイド)、放射線が降り注いでいるため、過去の痕跡は破壊されてしまっている。しかし地下空洞の中なら、かつて月に磁場があった証拠や、月に取り込まれた水などの揮発性物質、火山活動の痕跡などが、破壊されずに残っている可能性がある。

さらに、空洞の中に基地や都市を建設すれば、空洞の天井が天然の防護壁となり、隕石や放射線から人や機器を守ることもできる。また、月には大気がないため昼夜の寒暖差が大きいが、空洞内なら温度が比較的安定している。

くわえて、空洞の壁や底はガラス質で覆われており、密閉性が高いと考えられるため、密閉すればそのまま人が住むのに適した空間にできる可能性もある。

  • LROが撮影した、マリウス丘の縦孔

    LROが撮影した、マリウス丘の縦孔。斜め方向から撮影されているため、単なる孔ではなく、空洞が広がっているような形状になっていることがわかる。昨年10月、「かぐや」などの観測データから、この地下に巨大な空洞が広がっているという研究結果が発表された (C) NASA/GSFC/ASU

月の北極域で初めて縦孔を発見

そして今回、米国のSETI研究所と火星研究所は、月の北極域に新しい縦孔を発見した。

縦孔が見つかったのは、月の北極近くにある「フィロラオス・クレーター」の底部、中心から北東に位置する場所で、月の北極からは約550kmほど離れている。孔は3つ確認されており、それぞれ15~30mほどの直径をもつ。

月の縦孔はこれまでに大小合わせて200個近い数が見つかっているが、月の極域で縦孔が見つかったのはこれが初めてとなる。

また、これまで見つかった縦孔は、そのほとんどが地下の溶岩チューブに関連した天窓だと考えられている。今回見つかった縦孔も、「川状リル」と呼ばれる、崩壊した溶岩洞や溶岩が流れた跡と考えられる、川のように蛇行した溝に沿って存在していることから、溶岩チューブの天井が崩れてできた天窓である可能性がある。

もっとも、本当にそうなのか、仮にそうだとして、地下にはどれほどの空洞が広がっているのかなどはわかっていない。

SETI研究所と火星研究所の惑星科学者Pascal Lee氏は「現在利用できる最高解像度の画像をもってしても、この孔を溶岩チューブが崩れてできた天窓だと、100%確実に識別することはできません。しかし、大きさや形状、光の条件、地質学的な条件などを総合的に考慮すると、これは有力な候補だと言えるでしょう」と語る。

Lee氏はまた、今後のより詳しい、それもロボットや宇宙飛行士が縦孔の中に入り込んでの探査に期待を寄せる。とくにフィロラオス・クレーターは、底にあまり隕石が衝突した痕跡がないことから、いまから11億年以内にできた比較的新しいクレーターだと考えられている。そのため、この縦孔の探査によって、月の最近の進化の歴史について知ることができるかもしれない。

  • LROが撮影した、月の北極域の縦孔

    LROが撮影した、月の北極域の縦孔。月の北極近くにある「フィロラオス・クレーター」の底部、中心から北東に位置する場所で、月の北極からは約550kmほど離れている。孔は3つ確認されており、それぞれ15~30mほどの直径をもつ (C) NASA/LRO/SETI Institute/Mars Institute/Pascal Lee