月面基地建設にとって障壁となる水と電力の問題
そしてもし、これが本当に溶岩チューブが崩れてできた天窓であり、なおかつこの孔のまわりに巨大な地下空洞が広がっているとすれば、将来、月に月面基地や都市を建設する際に、それも「かぐや」が見つけたマリウス丘の地下空洞よりもはるかに、大きく役立つ可能性もある。
前述のように、地下空洞を活用して基地を建設すれば、隕石や放射線から人や建物を守ることができ、温度環境も安定しており、さらに空洞そのものを居住区にすることもできる可能性がある。
しかし、どのような形であれ、月に人が住む基地や都市を建設しようとした際、その最も大きな障壁になりうるのが、通信と電力、そして水の問題である。
昨年「かぐや」が地下空洞を発見したマリウス丘は、月の表側に位置している。月の表側、つまり地球のほうをつねに向いている側ということは、アンテナを立てれば、いつでも地球と通信ができるということになる。
一方で、月の一年(=一日)は昼が15日地球日、夜も15日地球日と、15日周期で昼夜を繰り返しているため、たとえば太陽電池を使う場合は大容量のバッテリーに充電して夜を耐えるか、あるいは原子力発電のような、太陽光に頼らない発電方法が必要になる。いずれにしても、巨大なバッテリーや発電設備を地球から打ち上げなくてはならない。
そして最大の問題となるのが水である。私たちが生きていく上で欠かせない水は、いまのところ月に存在する、それも人が生活できるほどの量や取り出しやすさで存在するという確固たる証拠はない。とくにマリウス丘を含む月の赤道付近はなおのこと、水がある可能性は低いと考えられている。
月の極域なら水も電力も確保できる
しかし、実は月の極域と、そこにある地下空洞には、こうした問題を一挙に解決できる可能性がある。
まず月の自転軸の傾きは小さく、ほぼ垂直なので、極域にある山やクレーターの縁などの標高の高い場所では、月の一年のうち最大で約90%もの間、つまりほとんどずっと日の光が当たり続ける場所が生まれる。ここに太陽電池を設置すれば、電力の問題は解決できる。
また、同じく月の自転軸がほぼ垂直であるという理由から、月の極域にあるクレーターの内部には、永久に太陽の光が当たらない「永久影」ができる。もしその中、あるいは地下に水があれば、太陽光で分解されることなく、氷の状態で存在し続けている可能性がある。
ちなみにこれまでの探査では、月の極域に氷があることを示唆するデータもあれば、ないことを示すデータもあったり、またあるとする場合でも量については不明瞭だったりと、はっきりとしたことはわかっていない。
そのため、もし存在するならば、そしてその量も十分ならばなどといった条件つきではあるものの、月の極域に基地や都市を造れば、こうした永久影にアクセスしやすくなり、その中にある氷を取り出して利用しやすくなる。
ちなみに地下空洞の内部も永久影になりうるため、今回見つかった極域はもちろん、マリウス丘のような赤道付近にあるような地下空洞の中にも氷が眠っている可能性はある。ただ、埋蔵量を考えると、極域のクレーターの氷を利用できるほうが望ましいだろう。なにより水は、私たちが生きるためだけでなく、電気分解すればロケットの推進剤としても利用できるため、多ければ多いほど、利用しやすければしやすいほどいい。
また通信も、地球が見通せる場所にアンテナを立てれば、表側の赤道付近に設置した場合とほとんど変わらず、つねに地球と通信ができる。とくに今回縦孔が見つかったフィロラオス・クレーターの縁は標高が高く、また月の表側にもあるため、アンテナを設置すれば地球との通信は容易である。
こうしたことから、月の極域に地下空洞があれば、他の場所よりもはるかに月面基地や都市を建設しやすく、そして人間が生活しやすくなる可能性があり、建設場所の最有力候補となるばかりか、人類の月への移住が近いうちに実現する可能性すらある。
月世界旅行を目指し、民間企業はもう動き出している
これまでの話は、今回見つかった縦孔が、本当に溶岩チューブが崩れて生まれてもので、そして縦孔の奥に大きな空洞が広がっており、なおかつ人が生活できるほどの強度などの環境が整っていること、さらには極域のクレーターの永久影の中に本当に水が存在することといった、いくつもの条件が揃っていることが前提である。
ただ、そもそも縦孔自体、まだこれから北極や南極でいくつも発見されるかもしれないし、まだ縦孔がない、完全に埋もれた地下空洞が存在するかもしれない。確率的にいえば、極域に他の縦孔があり、そのどれかに巨大な地下空洞がある可能性のほうが大きい。また、水の存在もまだ否定されたわけではなく、可能性がある以上は、これからの探査に期待をもってもいいだろう。
そしてすでに、そうした可能性と未来に向けて、いくつかの民間企業が動き出している。
民間企業による月探査への挑戦というと、最近もニュースなどで話題になった、グーグル・ルナ・Xプライズ(GLXP)という技術コンテストがある。現在、有力候補とみなされていたインドのチーム「チームインダス」(TeamIndus)と日本チーム「HAKUTO」がロケットの調達ができない事態となり、GLXPは勝者がいないまま終了となるか、もしくは期限の延長に期待するしかない状況にある。
ただ、このコンテストへの取り組みを通じて、月探査を狙う民間企業がいくつも誕生し、そしてGLXPの結果の如何を問わず、より将来の月開発、月移住に向けて活動を続けようとしている。
たとえば米国では、アストロボティック(Astrobotic)という企業が、月探査や資源の開拓を事業化しようとしている。同社はかつてGLXPに参戦していたものの、独自に月開発の可能性を模索し、レースから撤退。現在は小型の月探査機や探査車の開発を行っており、すでに米国のロケット会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)と契約し、2019年に月探査機を打ち上げ、月に着陸させることを計画している。
また、現在もGLXPに参戦しているムーン・エクスプレス(Moon Express)という企業も、GLXPのさらに先を見据え、月開発を事業化しようと動いている。
さらに詳細はまだ不明なものの、Amazon.comの創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンや、イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXも月開発に向けて動き出している。とくにブルー・オリジンは、「2020年に月の南極に無人着陸機を着陸させる」という構想を明らかにしており、将来的には月で、まるでAmazonのような人や物資の輸送サービスを展開したいという目標も掲げるなど、相当力を入れている。
また、HAKUTOを運営するispaceも昨年12月、2019年に月を周回する探査機を、2020年に月面に軟着陸して、探査車を使って月面探査を行う計画を発表。その計画をスタートさせるために必要となる、101.5億円もの資金調達にも成功している。
すでに月はビジネスの舞台となりつつある。この勢いが続くなら、私たちが生きている間に、月へ旅行したり、月で生活したりできる日がやってくるかもしれない。
参考
・Possible Lava Tube Skylights Discovered Near the North Pole of the Moon | SETI Institute
・Exciting New Images | Lunar Reconnaissance Orbiter Camera
・Astrobotic and United Launch Alliance Announce Mission to the Moon | Astrobotic
・An exclusive look at Jeff Bezos’s plan to set up Amazon-like delivery for ‘future human settlement’ of the moon - The Washington Post
・ispace - シリーズA国内過去最高額となる101.5億円の資金調達を実施 日本初、民間開発の月着陸船による 「月周回」と「月面着陸」の2つのミッションが始動
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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Twitter: @Kosmograd_Info