5月30日に名古屋国際会議場で行われる産業向けカンファレンス「Japan VR Summit Nagoya 2017」プレミアムセッションでは「Mixed Realityで働き易い工場を作る ― 大規模3Dモデルによる検証の実際」というセッションが行われる。ここでは、トヨタ自動車で実際に取り組まれている、MR(Mixed Reality)導入について語られるという。

今回は、実際のセッションの前に、「トヨタがなぜMRを利用するのか?」、その目的と効果、そして現在の課題について、セッション登壇者である榊原恒明氏にお伺いした。

トヨタ自動車 エンジニアリングIT部 第3エンジニアリングシステム部 主幹の榊原恒明氏

――本日はよろしくお願いします。VRのセミナーでMRを語るというのがちょっとミスマッチのような気もするので、まずはその辺りからお伺いしたいと思います。

榊原:世間的にはVRが昨年から非常に盛り上がっているのですが、一般的にVRやAR、MRの区別がつかず、VRが単なるハヤリ言葉で終わって市場がしぼんでしまう、それに連れてMRも消えてしまうのは困ると思っており、今回登壇することになったのです。

以下私見ですが、VR/AR/MRについて、まず基本からお話させてください。VRは今さら説明することもないと思いますが、基本的にはHMDを被ってしまうと外部が直接見えません。そして、表示されるのはすべてコンピューターの仮想の映像です。

榊原氏によるVR/AR/MRの独自定義。MRは仮想と現実が融合しており、かつ原寸大で手を伸ばせる存在

VRを「工場現場の作業性検証で活用する」点で言うと、問題点が3つあります。まず、先述の通り外部が見えません。そのため初めてHMDを体験する人は視界を遮られる怖さですぐには動けません。作業姿勢や負担を検証する場合、ITツール慣れしていない現場作業者が自ら動いて、作業の良し悪しを判断してもらいたいので、その点が問題のひとつと思います。

また、作業検証に用いるので手も動かすわけですが、現在のVRは自らの手をそのまま利用できません。しかし、作業検証のためには実際の道具や工具を持ったり、手で確認したりするという事が不可欠です。VRにはコントローラーやグローブを使ってのデジタルの手もありますが、持ち方が変わると動きも変わるので、複数人が交互に行う場合のキャリブレーションの問題が出てきます。

VRでも手は出せるが、それはコントローラーによる仮想の手であり、実際に自分の手で体感することが安全作業では重要になる

そしてよく言われる「VR酔い」。人は一度悪い体験をすると同様の物を忌避するようになるので、現在のVRではまだまだこの辺りが厳しいですね。

ARは世間的にはポケモンGOでおなじみの物ですが、現実画像に仮想を重畳したものです。現実画像に仮想画像を乗せただけという状態ですので距離感を正しくとらえることは困難だと思います。工場の現場で紙資料の代わりとしてHMDに表示することには有効と考えていますが、作業検証には向いていないかと思います。

MRはMixed Realityと現実と仮想を融合していますので、実際にはない装置や機器を3Dデータの状態で操作性や保全性を評価するのに向いています。また、人の最も身近な基準となる自分の手がそのまま使えるので、距離感が把握しやすいというのがメリットです。

自分の手による距離感や大きさが理解でき、覚えている作業手順でどのような姿勢で作業しているか第三者にもわかるというのが利点になる

働きやすい工場を作るために多くの作業員の方が効率よく自ら作業検証を行うならば、MRに分があるでしょう。また、工場では設計の3Dデータを現場作業者が自ら操作して活用できていません。その意味でMRが設計者と現場のコミュニケーションツールとしての役割を期待しています。VRがいい、MRがいいではなく、状況に応じた使い分けが必要でしょう。

――使い分けが重要なのですね。この手の技術を活用するのに何があるとよいと期待されているところはありますか?

榊原:先ほども言いましたが、悪影響になる3D酔いに関して、利用者目線での裏付けの研究が欲しいです。単にフレームレートや解像度、視野角だけの問題ではないので、「ここが問題点で、このようにクリアすると酔わない」というデータがあれば、実用的なアプリケーションの開発が楽になるでしょう。 開発を楽にするためにはもうひとつ、マイクロソフトさんなどHMDを開発している企業が他の周辺機器など繋げるフレームワークや3Dユーザインタフェースなどを用意していただけると、開発効率の向上につながるでしょう。

VR酔いに関しては実際の経験と画像の不一致が問題になるので、酔わせないようなコンテンツ作成を作る裏付けとなる研究結果が欲しいそうだ

もうひとつは情報です。今回登壇するのも「このままではMRがフェードアウトしてしまう」という危機感があり、多くの人に存在を知っていただきたいと思っています。工場にMRを入れるのは非常に難しく、用語も浸透していないし、そもそも現在工場現場では3Dデータが浸透しきっていません。今回は製造業の方も参加されると伺っているので、ここで発言して、実際に活用していることを知っていただくところに意味があると考えています。

現場は常に100点の回答を求めているのではなく、「今が50点だとすれば、60でも80点でも何かしらの役に立つ」事を求めていますから、そのためにMRが使える事を理解してほしいと思っています。

後編では、トヨタ自動車が用いているデバイスや工場ならではの苦労、実際に現場に波及した効果など、具体的なお話を伺っていく。

Japan VR Summit

開催日時:2017年5月30日~31日
会場:名古屋国際会議場(愛知県)
参加費:早期申込割引(5月24日 18:00まで申込延長中)2万4,500円、一般価格3万円
同カンファレンスでは、トヨタのMR活用例のほか、VR/AR×製造業の最新事例、森ビルやホンダ(本田技研)などのVR活用が語られる。詳細は公式サイトにて。