パナソニック インダストリーは、導電性高分子ハイブリッドアルミ電解コンデンサなどを生産する山口拠点(山口県山口市)において、生成AIを活用した「製造AX(AIトランスフォーメーション)」を推進している。熟練者が持つ暗黙知を形式知化し、デジタルツインやAIエージェントと連携。設備停止時間の削減や生産効率向上につなげている。

山口工場が担うコンデンサ生産と多品種製造への対応

説明に立った、パナソニック インダストリー デバイスソリューション事業部オペレーション変革センター センター長の高橋成太氏は「暗黙知を構造化し、そこに生成AIを活用した取り組みになる。単なるデジタル化ではなく、現場で実際に動く知識創造モデルを構築した。世界でも類を見ない、地方工場発の挑戦になる」と、成果を強調した。

  • パナソニック インダストリー デバイスソリューション事業部オペレーション変革センター センター長の高橋成太氏

    パナソニック インダストリー デバイスソリューション事業部オペレーション変革センター センター長の高橋成太氏

パナソニック インダストリーの山口拠点は、1969年に山口松下電器として設立し、57年の歴史を持つ。1970年から、アルミ電解コンデンサの生産を開始し、それ以来、コンデンサだけを生産する拠点として現在に至っている。1972年にはマレーシアに工場を展開し、同工場でも、ハイブリッドコンデンサおよびアルミ電解コンデンサの生産を行っている。

  • パナソニック インダストリー 山口拠点の概要

    パナソニック インダストリー 山口拠点の概要

ここにきて、EV(電気自動車)をはじめとする自動車分野や、データセンターを中心とした情報インフラ分野では、高信頼で大電流のコンデンサに対する需要が高まっており、細かいニーズに対応した多品種生産のモノづくりを進めているという。

現在、山口拠点で生産の主流となっている導電性アルミハイブリッドコンデンサは、電解液技術とポリマー技術をハイブリッド化し、高信頼と大電流という相反する要素を高い次元でバランスしているのが特徴で、それに向けて生産プロセスの改革を繰り返してきた歴史がある。

  • 導電性アルミハイブリッドコンデンサの外観

    導電性アルミハイブリッドコンデンサの外観

導電性アルミハイブリッドコンデンサの複雑な製造工程

導電性アルミハイブリッドコンデンサの生産は材料を購入し、コンデンサのサイズにあわせて電極箔を切断する「スリッタ」、電極箔とリード線を接続する「カシメ」、カシメ箔と電解紙を同心円上に巻取り、封止用ゴムを挿入する「巻取り・ゴム挿入」、酸化皮膜が形成されていない箇所などを修復する「断面化成」、巻取り素子内にポリマー層を形成する「ポリマー形成」、アルミケース内に電解液注入し、重合後素子を挿入。

アルミケースを絞り、コンデンサを封止する「電解液注入・絞り封口」、高温環境下で、製品を通電させ、酸化被膜の欠損部を再修復する「エージング」、ケース天面に捺印し、面実装用にリード端子を加工する「捺印・端子加工」の8つの工程を経て完成させる。

  • 導電性アルミハイブリッドコンデンサの生産工程

    導電性アルミハイブリッドコンデンサの生産工程

高橋氏は「工程ごとに独立した設計となっているのが特徴。各工程で合格したものが、次の工程に移ることになる。1つの工程に約100台の生産整備が設置され、1人のオペレータが5~10台の生産設備を担当している。材料投入や品番切り替えのタイミングが重なると稼働が止まるため、優先順位を決めて対応をしている。オペレータの技能やノウハウが生産効率に大きく影響するともいえる」と話す。

また、同氏は「生産設備は社内で開発し、お客さまのニーズに柔軟に応える体制を整えている。品番は1万~2万種類に達し、微妙な仕様の違いがあったり、生産できる設備が限定されたりといったこともある。多品種混流のモノづくり体制となっており、月5000~6000ルートを通って、製品が作られている」と説明した。

こうした複雑な生産工程が存在するとともに、オペレータの技能によって、生産性が左右されるというのが、山口拠点の課題でもあった。高橋氏は「歴史がある工場において、どうすればイノベーションを起こせるのかを検討してきた」と振り返る。

暗黙知を形式知化 - デジタルツインと生成AIを活用

一方、改革に着手はしてみたものの現場に適用可能な標準モデルがなく、歴史を持つ地方工場であるため、すべてが最新設備ではなく、DX推進に向けた潤沢な予算が取れないという壁も立ちはだかった。それでも、まずは2人体制で手探り状態で試行錯誤するところから改革が始まっていった。

最初に注目したのが「暗黙知」であった。高橋氏は「生産現場では、個人が持つ暗黙知が生産効率の向上に寄与している。これを言語化することは難しいが、ここにメスを入れて形式知とすることで組織全体を変革していくことが不可欠であると考えた。暗黙知は、全体最適からみれば弱点でもあるが、宝物でもある。計画の立案や優先順位の判断の仕方など、属人化していた『オペレーション判断』を言語化し、組織全体の資産へと変えることを目指した」という。

  • 課題解決に向けてオペレーションの「暗黙知」の特定を進めた

    課題解決に向けてオペレーションの「暗黙知」の特定を進めた

IoTの活用により、オペレーションデータの統合からスタート。それをもとに、デジタルツインを構築して、仮想空間上に工程を再現し、個人が持つ暗黙知を形式知化した。生成AIを用いて、人とテクノロジーの融合による効率化を図っていった。

ただ、ここでもいくつかの壁にぶつかった。工場全体で使用している生産設備の約50%が、2010年以前に整備されたものであり、これらの設備の稼働状況の見える化ができない状態だったのだ。そこで、既存設備にPLC(Programmable Logic Controller)を順次追加した。

工程ごとに個別プログラムを開発し、設備の稼働データ、製品の品質データ、人の稼働データなどを収集。すべての生産設備のデータを集めることができるようにした。設備、材料、人で月5000万データ、品質で同554億データ、稼働で同145億データを収集しているという。

  • すべての生産設備のデータを集めた

    すべての生産設備のデータを集めた

高橋氏は「仮想空間上に蓄積したデータと、人との融合をどう図り、実際のオペレーションを変えていくかに着目した。暗黙知の構造化フレームワークを構築することで、個人の経験にもとづく現場判断を抽出し、生成AIが処理可能な形式知として、デジタルツインへの統合を図った」という。

データの見える化においては、ダッシュボード上に設備、ロット、サイズ、項目別の品質データを表示。生産履歴の把握や迅速なロットトレースを可能にし、これをもとに現場が意思決定を行えるようにした。

  • ダッシュボード上に設備、ロット、サイズ、項目別の品質データを表示

    ダッシュボード上に設備、ロット、サイズ、項目別の品質データを表示

同氏は「プロジェクトチームを構成し、データを形式知していったのではなく、日々のオペレーションのなかで、暗黙知や気づきを、構造化していった。ダッシュボードをもとに現場の状況を確認し、意思決定を行い、実行するという繰り返しによって、データ活用と、データの形式知化を進めていった」と述べている。

山口拠点は、4班2交代による24時間操業体制となっているため、生産進捗ミーティングや勤務引継ミーティングが毎日実施されている。デジタル化が進展するとともに、これらの会議も、データに基づいた形で進められ、オペレータ全員がデータを共有する風土が定着。データドリブンの運営に向けた人材育成も同時に進めることができたという。

AIエージェントとウェアラブル活用で現場判断を高度化

新たな取り組みとして、ウェアラブルツールの活用がある。優先度通知システムを導入して、設備の切り替えタイミングや対応の優先順位などをAIが選定し、ウェアラブルツールに通知。派遣社員でも、効率の高い対応が可能になり、設備停止時間を最小化できる。これにより、設備復旧時間を最大で30%削減するという成果があがっている。

  • ウェアラブルツールに作業の優先度などを通知する

    ウェアラブルツールに作業の優先度などを通知する

また、RFID(Radio Frequency Identification)を移動履歴管理システムとして活用。9つのフロアを横断したモノづくり体制において、アンテナを搭載したRFIDを通じて、どのロットの仕掛品が、どのフロアにあるのかを把握。材料待ちによる稼働ロスを、最大50%以上削減できたという。

  • アンテナを搭載したRFIDを利用してロケーションを管理

    アンテナを搭載したRFIDを利用してロケーションを管理

さらに、AIエージェントの活用では、フロントAIエージェントが、ユーザーの入力内容にもとづいて、各サブAIエージェントに指示を行い、各工程に対応したサブAIエージェントが実績データを確認・深堀りして、工程内のアクションを出力する構成を実現した。班長、係長、課長、製造部長のそれぞれの視点でアクションを提示できるようにしているのが特徴だ。

  • AIエージェントの構成図

    AIエージェントの構成図

高橋氏は「AIの判断精度が低いと、オペレータはAIを信頼しなくなり、結果として使われなくなってしまう。そうした状況を生まないために、構造化したプロセスを言語化するだけでなく、精度の高いプロンプトを用意した。設備データは、すべてAIエージェントに投入している。また、工程ごとのサブAIエージェントを配置し、専門性を持たせた判断ができるようにした。サブAIエージェントは、2026年8月から実装を開始し、すでに20体の設計・運用が完了。データの文脈化、自然言語での意思決定手順、LLM(大規模言語モデル)の推論で根拠付きのシナリオを生成し、これらを組み合わせて高精度の意思決定を実現している」と自信を示した。

加えて、プロンプト設計を進化させ続けているほか、現場の状況データの蓄積も継続的に推進。さらに、テキストによるレコメンドだけでなく、2026年度中には音声レコメンドで、現場の作業者が手を止めずに意思決定を進めることができるようにするという。

同氏は「人による行動をもとにデータを取得し、仮想空間で稼働、品質、動きを捉え、それをもとに、日常のデータを構造化して最適解をAIで生成できる。音声により、最適なアクションを人に伝え、人がオペレーションを実行することができる。このような『生成AIによるリアルタイムフィードバックループ』を構築することで、さらなる進化を進めることになる。すべてを自動化するという発想ではなく、人との協調を前提とした製造DXであり、現場人材の能力を最大限に引き出す取り組みになる。技能が途切れないモノづくりにもつながると確信している。日本の地方工場のモノづくりを活性化する事例の1つになる」と意気込みを述べていた。