米国では、誰も紙を使っていなかった

そもそもデイヴィッドプロダクションがデジタル化にかじを切ったのは何がきっかけだったのか。 「3年半前、アメリカのアニメスタジオを見に行ったとき、誰も紙を使っていなくて衝撃を受けたんです。対照的な日本のガラパゴスっぷりを間近で見て悔しくなって、俺も(デジタルツールを)使ってやるぞ、と」

デジタル絵コンテには課題もある。たとえば、デイヴィッドプロダクションでは「StoryBoard Pro」という絵コンテ専用の海外ソフトを使っているが、業界スタンダードといえるソフトはまだないのだという。さらに、トライアンドエラーが簡単にできるためいつまでも描き続けられてしまい、結果的に時間がかかってしまうこともあるそうだ。

また、タイムラインにカットをどんどん上げて差し替えていく「SHOTGUN」のような制作管理ツールとの連携が理想的だが、紙で原画を描いている場合はそれが難しいため、絵コンテをデジタル化するメリットが感じにくいともいう。

「プレゼン資料」としての価値もあるデジタル絵コンテ

現在最も多いデジタル絵コンテの使い道は?

ただ、課題があってもデジタル絵コンテは有用だと二人は声をそろえる。

「クライアントが常に絵コンテを読めるわけではないです。また、プレビューができると簡易的にムービーコンテが作れるので、プレゼン資料としての価値も出るのです」

「(絵コンテに)音がつけられるのも便利です。音楽物のコンテンツが今広がっていて、ダンスシーンやコンサートシーンと音楽をリンクする場合、デジタル絵コンテならソフト内で実現できます」

劇場版など時間をかけられるタイトルなら手書きで作り込むこともできるが、TVアニメシリーズは時間との勝負になるため、ムービーコンテにできる方がやりやすいのだという。

ちなみに大ヒット作の『君の名は。』は劇場アニメだが、StoryBoard Proで絵コンテが作られているとのことだ。

日本の絵コンテフォーマットもカバーするStoryBoard Pro

ここからは実際にStoryBoard Proを使って、『ジョジョの奇妙な冒険』の絵コンテを描くデモンストレーションが行われた。

StoryBoard Proを使った実演が行われた。 (c)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社・ジョジョの奇妙な冒険DU製作委員会

StoryBoard Proはもともと海外製のソフトだが、日本の絵コンテのフォーマットにも対応しており、PDFで出力することもできる。ただ、カットによってはト書きが消えてしまうなど、まだ完全に対応できていない部分がある。津田氏は空コマを入れるなどして対処しているが、ここは今後改善が期待されるところと言えるだろう。

一方で、影を簡単につけてカットに厚みを持たせられたり、部分指定で拡大縮小が容易にできたりと、様々なメリットがあることも実演で証明された。

デジタル絵コンテのメリット・デメリットを総括

最後に笠間氏と津田氏が語った、デジタル絵コンテのメリットとデメリットをまとめておこう。

まずディレクターの立場としては、「ト書きやセリフをコピペ可能」「尺の自動計算」「カットの入れ替えが一動作でできる」「画のフレーミング調整が簡単」「音データを置きながら作業できる」といったメリットがあり、反対にデメリットは「人によってツールが違う」「ツールが高額で個人では手を出しにくい」「トライ&エラーが容易なので紙で描くより時間がかかる場合がある」といったものがある。

ディレクター・プロデューサー双方の立場から見たデジタル絵コンテのメリット・デメリットが語られた

一方でプロデューサーの立場としては、「簡易的にアニマティクスが作れるため、絵コンテを読む習慣のないクライアントへ提案しやすい」「プレスコ作品のハードルが下がる」「音楽PVやOP/EDなど音楽と連動した作品が作りやすくなる」というメリットがあり、デメリットには「TV作品としては(ソフトの機能が)オーバースペックで使いこなせない」「導入コストが高い」「紙で描くより時間がかかる」などが挙げられていた。

デモンストレーション終了後には質疑応答の時間が設けられ、全国のサテライトビューイング会場を含めたくさんの質問が寄せられていた。

絵コンテのデジタル化が普及するのはまだまだこれからといった印象だが、そのメリットがしっかりと周知されれば、案外早く潮目が変わるのかもしれないと思わせられたセッションだった。