国立がん研究センター(国がん)は5月28日、すい臓がんの中でも全体の約2%前後という極めて稀な「すい神経内分泌腫瘍」において新規がん抑制遺伝子「PHLDA3」が重要な役割を果たしていることを発見したと発表した。

成果は、国がん 難治がん研究分野の大木理恵子研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月27日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

すい神経内分泌腫瘍は希少ながんであるために、これまで十分な研究が行われてこなかったという経緯がある。そのため、有効な治療法や診断法の開発が十分ではないのが現状だ。そうした中、今回の研究はこれまで機能がわかっていなかったPHLDA3が、がん細胞内でがん化促進シグナルの伝達に関わるがん遺伝子「Akt」を抑制することが2009年に見出されたことから始まる。

それを受けての今回の研究では、54個のすい神経内分泌腫瘍サンプルすべてに対する遺伝子解析が実施され、PHLDA3遺伝子の部分欠損が70%に認められ、非常に高頻度にPHLDA3遺伝子の異常が起きていることが確認された。また、PHLDA3遺伝子が欠損したマウスの解析が行われた結果、すい臓の内分泌細胞の異常増殖が明らかになったのである(画像1)。これらのことから、PHLDA3遺伝子によるAktがん化促進シグナルの抑制が、すい神経内分泌腫瘍抑制において中心的な役割を持つと考えられるとした(画像2)。

実際、PHLDA3遺伝子の部分欠損による機能喪失が認められたすい神経内分泌腫瘍は悪性度が高く、予後が悪い傾向が認められている(画像3)。その一方で、PHLDA3遺伝子の機能喪失はAktの活性化を引き起こすため、PHLDA3遺伝子の機能喪失が認められた患者に対してはAkt経路の阻害剤である「エベロリムス」が有効である可能性があると考えるという。

画像1(左):正常マウス(左)とPHLDA3遺伝子欠損マウス(右)とのすい臓組織の比較。PHLDA3遺伝子欠損マウスではランゲルハンス島(すい臓の内分泌器官)が異常に大きい。画像2(中):PHLDA3機能の喪失によるAktの異常な活性化がすい神経内分泌腫瘍の悪性化を促進する。画像3(右):PHLDA3遺伝子の部分欠損がある患者の予後は悪い

PHLDA3遺伝子の部分欠損はすい神経内分泌腫瘍患者の予後と相関があり、今後、PHLDA3遺伝子の診断で患者の予後予測ができるようになる可能性があるという。また、今回の研究によってAkt経路の阻害作用を有するエベロリムスのすい神経内分泌腫瘍に対する作用メカニズムが解明されたことで、エベロリムスの効果が期待できる患者を特定することが可能となり、すい神経内分泌腫瘍患者の個別化医療に貢献することが期待されるとした。

また神経内分泌腫瘍は、ペプチドホルモンを分泌する神経内分泌細胞に由来するがんであり、すい臓を始めとして、下垂体や甲状腺、肺などに生じるが、すい臓以外でもPHLDA3遺伝子はがん抑制的に機能すると考えられることから、今回の研究は臓器を超えた神経内分泌腫瘍共通のがん抑制メカニズムの解明につながるものと考えられるとしている。