2年前、AdobeはAdobe.comのトラフィックに異変を感知した。それまで見たことのない規模で、AIチャットやボットからのトラフィックが流入し始めたのである。すぐには認識しにくいパターンだったが、同社が日常的にモニタリングしている何兆件ものデータを精査した結果、これは一時的な変化ではなく、将来の大きなトレンドにつながる兆しだと確信したという。
現在、その兆しは現実のものになりつつある。これまで、ブランドと顧客の間には検索エンジン、SNS、ECモールといったプラットフォームが介在していた。だが現在は、ChatGPTやGemini、PerplexityといったAIが、その役割を担い始めている。
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右のグラフは、AI経由の訪問1回あたりの収益が、非AI経由の訪問と比べてどれだけ高い/低いかを示している。2025年9月ごろにはほぼ同水準、同年10月にはAI経由の訪問の方が非AI経由を上回るようになった
「今この瞬間、AIがあなたのブランドについて何と語っているか、ご存じだろうか」
Adobe Summit 2026の戦略キーノートに登壇したロニ・スターク氏(プロダクト&ストラテジー担当VP)は、マーケターを中心とする聴講者にこう問いかけた。
AIという新たな仲介者は、従来のWeb検索のようにコンテンツをインデックスし、顧客をサイトへ誘導するだけの存在ではない。大量のWebサイトを参照し、競合も含めてブランドに関する情報を統合・分析したうえで、判断を下す。
「このブランドは信頼できる」「このブランドは業界を牽引する存在である」「この商品はプレミアムである」といった評価を、何億人ものユーザーに対して、比較検討のためのリンクではなく「答え」として提示するのである。
80%の企業で起きている「ブランドのズレ」
この変化は、マーケティングの前提そのものを覆す。これまでは「検索結果に表示されること」や「広告で目にとどまること」が重要であったが、AI時代においては「AIの回答に含まれるかどうか」が意思決定の入口となる。ユーザーに見つけてもらう前に、AIに選ばれなければならない構造へと変わりつつあるのである。
スターク氏によると、Adobeが過去1年間に支援したブランドの80%が、AI生成回答における表示のされ方に深刻なギャップを抱えていたという。企業が伝えようとしている自社のイメージや情報と、AIが学習・解釈し、消費者に実際に伝えている情報との間に、大きなズレが見られたのである。
Adobeはこの課題を、新たな「Brand Visibility(ブランド可視性)」として定義する。これは単なる露出の問題ではない。AIがブランドをどのように理解し、どのように他社と比較し、どのように推薦するかまでを含む概念である。
これまで企業は、画像や文章といった「コンテンツ」を管理してきた。だが今後は、AIが自社のブランドやサービスを正しく理解し、適切に行動できるよう「コンテキスト(背景情報や文脈)」まで管理する必要がある。
従来は、ブランドガイドラインや担当者の判断に依存していたトーンや表現も、明確なデータとして蓄積し、AIと人間が共有する「組織の知識」として機能させることが求められる。
AIへの最適化だけでは埋もれてしまう
ただし、ここで重要なのは、AIへの最適化だけでは不十分であるという点である。
人間にだけ最適化していては、AIの学習や検索の網から漏れ、AI空間において「見えない(存在しない)」ブランドになってしまう。一方で、AIだけに最適化すれば、ブランドはコモディティ化する。AIの回答の中で、競合と並ぶ一項目に過ぎない存在になり、顧客との直接的な関係やブランド価値を失うリスクがある。
近い将来、AIを使って作業を高速化したり自動化したりすること自体は、多くの企業にとって当たり前になる。そうなれば、単にAIモデルを利用するだけでは、画一的で味気ないコンテンツに埋もれてしまう。差別化の源泉は、AIの活用そのものではなく、その企業固有のブランドの声、判断基準、顧客体験に移っていくのである。
したがって、企業には「人間とAIの両方に対する最適化」が求められる。Adobeはこれを「Dual Optimization」と呼ぶ。外部のAIプラットフォーム上では「選ばれる存在」として振る舞いながら、自社のWebサイトやアプリ、店舗といった接点では、顧客に選ばれ続ける体験を提供する。この両立こそが競争力の源泉になるという考え方である。
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既存コンテンツをAIエージェントに可読な形に整えるだけで、短期間で顕著な変化が確認されている。Lovesacは6週間でChatGPTの引用数140%増加し、Slalomは4週間で引用数が10倍増加した
Experience Flywheel - 4段階の循環でブランドを育てる
この思想を具体化したのが、「Experience Flywheel(顧客体験のフライホイール)」と呼ばれる新たな運用モデルである。これは「感知(Sense)」「生成(Generate)」「リーチ(Reach)」「学習(Learn)」の4段階からなる循環構造である。
感知:AIが自社ブランドをどのように解釈しているかを把握する。関連するソリューションとして、Adobe LLM Optimizerなどが位置づけられる。
生成:把握した機会や課題に対して、迅速かつ一貫性のあるレスポンスを作成する。ブランドの個性や方針を守りながらコンテンツや体験を生成する段階である。関連するソリューションとして、Adobe Experience Manager(AEM)、Brand Experience Agent、Content Advisor Agent、Brand Governance Agentなどが挙げられる。
リーチ:作成した体験を、人間にもAIにも届く形で広げる。AEM LLM AppsやAdobe Brand Conciergeなどを通じて、外部AIインターフェースと自社の体験をつなげる。
学習:施策の結果を測定し、人間の判断や修正も含めてAIにフィードバックする。これにより、ブランドに関する「組織の記憶」を継続的に蓄積していく。
この4つのステップは、単なるAIによる自動化の枠組みではない。AIが自社をどう見ているかを知り、自社らしさを込めた情報を作り、あらゆる接点に届け、結果を学習してさらに精度を高める。人間とAIが協働しながらブランドを育てていくための、新しい運用モデルである。
スターク氏は最後に、今後の競争において自動化そのものは差別化要因にならないと強調した。AIの導入は多くの企業にとって前提条件となり、真の差別化要因はブランドの独自性に移る。ブランドの声、企業文化、人間の判断、顧客との関係性を、AIが活用できる組織の知識として継続的に蓄積できるかが問われるのである。
キーノートでは、米国の大手スポーツ用品小売企業であるDick's Sporting Goodsの取り組みを例に、将来の購買・制作プロセスが示された。
まず、ゴルフを再開としようとする顧客がChatGPTにクラブ選びを相談すると、Adobe CommerceとAdobe LLM Optimizerの連携によって、ChatGPT上でDick'sの商品が推薦結果に表示。さらにAdobe Experience Manager上に構築された「LLM app」が店頭フィッティングの予約まで完結させた。
店舗でのフィッティングを終え、Dick'sのWebサイトに戻ってきた顧客が、最終的にどのクラブを買うか迷っている……。そんな場面では「Adobe Brand Concierge」が、顧客一人ひとりのコンテキスト(過去の購入履歴や好みなど)に合わせて、対話形式で最適な製品を提案し、購入を支援する。
ゴルフのビッグトーナメントが終わり、優勝選手のギアに注目が集まっているというトレンドをシステムが検知。システムからの提案を受け、AIエージェントがブランドガイドラインに沿った画像や商品を配置し、数分でキャンペーン用のランディングページを組み立てていた。





