米Adobeは4月20日(現地時間)、米ラスベガスで開幕した年次イベント「Adobe Summit 2026」で、エージェンティックAIを活用した新たな顧客体験基盤「Adobe CX Enterprise」を発表した。これは企業が顧客の獲得からエンゲージメント、コンバージョン、ロイヤリティの向上まで、顧客ライフサイクル全体をよりシンプルに管理するためのエンドツーエンドのエージェント型AIシステムである。

  • Adobeの年次カンファレンス「Adobe Summit 2026」が開幕した。「AI時代のクリエイティビティとマーケティング」が大きなテーマ

    Adobeの年次カンファレンス「Adobe Summit 2026」が開幕した。「AI時代のクリエイティビティとマーケティング」が大きなテーマ

顧客の前に「AIという新しい門番」が現れた

この背景には、AIチャットなどAIサーフェスの台頭がある。

BBCが4月6日に公開した「Businesses scramble to get noticed by AI search(AI検索での可視性獲得に奔走する企業)」によると、従来の検索エンジンを通じたWebサイトへの流入が大幅に減少する一方で、AI検索からの流入は増加している。

差し引きすればトラフィックの総量は減少傾向にあるものの、AIの回答内の引用リンクから訪れるユーザーは、すでにAIとの対話で情報を整理し終えているため、従来の検索経由よりも購入に至る確率(コンバージョン率)が高いという。

  • Adobeの年次カンファレンス「Adobe Summit 2026」が開幕した。「AI時代のクリエイティビティとマーケティング」が大きなテーマ

    Adobe Digital Insightsによると、AI経由のコンバージョン率は2025年を通じて上昇し、同年秋ごろに非AI経由を逆転した。2026年3月時点では、非AI経由を42%上回った

Adobe Digital Insightsによると、2026年1月~3月に、AIソースから米国の小売サイトへのトラフィックは前年同期比で393%も増加した。すでにAIは発見、リサーチ、アドバイス、比較の最初の立ち寄り先になりつつある。消費者は企業のWebサイトや広告に直接触れる前に、まずAIに相談し、比較や評価を委ね、ときには購入行動の入口まで任せるようになっている。

  • Webで急速に存在感を増すAIチャットボット

    Webで急速に存在感を増すAIチャットボット

企業にとって重要なのは、もはや人間の顧客だけではない。新たな仲介者となったAIに対しても、自社が「信頼できる有益な情報源」として認識されるよう、情報の出し方そのものを変えていく必要がある。

実験段階のAIを、全社展開へ進めるために

もっとも、すでに多くの企業がAIを活用し、パーソナライズされた体験の高度化や、デジタルと実店舗をまたぐシームレスな顧客体験の実現を目指している。しかし、AIを「全社規模」で統合できている企業はまだ少数にとどまる

生成AIは、コンテンツのアイデア出しや制作、従業員の生産性向上といった領域では明確な成果を上げている。ただ、その成功体験をそのまま複雑な階層構造を持つエンタープライズ全体へ持ち込んでも、期待する効果が得られるとは限らない。部門ごとにデータや業務フローが分断され、意思決定の系統も入り組んだ大企業では、単に高性能なAIを導入しただけでは十分な成果を得にくい。

どれほど優れたAIであっても、参照できるデータが古い、部門ごとに内容が食い違う、必要な情報に安全にアクセスできない、といった状態では、その判断や提案の精度は大きく損なわれる。問われているのはAIモデルの性能だけではなく、AIが何を見て、何を根拠に判断し、どう行動するかを支える土台である。

そこで企業に求められるのは、AIが安全かつリアルタイムにデータを活用できるよう、基盤となるインフラやデータ構造を整備することである。データを接続し、権限を管理し、全社で一貫して利用できる形に整えなければ、AIは部分最適の道具にとどまりやすい。

言い換えれば、優れたエンジンを積んでも、それを支える車体が脆弱では本来の性能は引き出せない。AIという強力なエンジンの力を最大化するには、組織やデータ、運用基盤という「車体」側の再設計が欠かせない。

  • 「現在、求められているのは、顧客とのエンゲージメントを深めることだけではない。顧客に代わって動くエージェントの存在も考慮し、人間とエージェント双方に向けた最適なエクスペリエンスを設計する必要がある」とシャンタヌ・ナラヤン 会長兼CEO

    「現在、求められているのは、顧客とのエンゲージメントを深めることだけではない。顧客に代わって動くエージェントの存在も考慮し、人間とエージェント双方に向けた最適なエクスペリエンスを設計する必要がある」とシャンタヌ・ナラヤン 会長兼CEO

その再設計の中核に据えられるのが、エージェンティックAIである。

Adobeはこれまで、Webサイトやアプリ、メールなどのデジタルマーケティング領域で、パーソナライズを軸とする「Customer Experience Management(CXM)」を推進し、存在感を高めてきた。

しかし、顧客との接点となるデジタルチャネルは多様化し、さらにAIサーフェス(領域)の広がりも加わったことで、従来の枠組みだけで一貫した顧客体験を設計・管理することは難しくなっている。

こうした変化に対応するため、同社は昨年にCXMを発展させ、自律的に動作するAIエージェントで組織横断的に顧客体験を指揮する「Customer Experience Orchestration(CXO)」を打ち出した。今回のCX Enterpriseでは、それを実運用可能な基盤へと一段進めている。

今回の発表の要点は、単なるAI機能の追加ではない。企業が保有する顧客データ、コンテンツ、顧客接点を横断してAIエージェントを運用するための基盤を整えた点にある。個別業務を支援するツールとしてのAIから、目標に沿って複数工程をまたいで動くエージェントへと進化させ、エージェンティックAIを実験段階から実運用、さらに全社展開へ進める狙いである。

  • 企業が顧客データやコンテンツを統合し、チャネル横断で最適な体験を設計・提供するオーケストレーション。さらにAIエージェントをオーケストレーションの担い手としてCXOを発展させた「Adobe CX Enterprise」

    企業が顧客データやコンテンツを統合し、チャネル横断で最適な体験を設計・提供するオーケストレーション。さらにAIエージェントをオーケストレーションの担い手としてCXOを発展させた「Adobe CX Enterprise」

AEPを土台にエージェント活用を拡張

CX Enterpriseは、AIエージェント、再利用可能な指示セット(エージェントスキル)、MCP(Model Context Protocol)のエンドポイント群に、インテリジェンス層とガバナンス層を組み合わせることで、信頼性と監査性を備えたエージェンティックワークフローを提供する。

アーキテクチャはMCPに加え、エージェント間連携の標準であるA2A(Agent2Agent)などのオープン標準を採用し、他社AIプラットフォームやエージェントとの相互運用性も確保する。

  • 新基盤「CX Enterprise」の概要

    新基盤「CX Enterprise」の概要

土台となるのは、既存の「Adobe Experience Platform(AEP)」である。AEPは、さまざまなシステムから顧客データを統合し、リアルタイムの顧客理解に基づく体験設計を支える基盤である。Adobeのソリューションは世界で2万社以上に活用されており、AEPは年間1兆件を超える体験を支えているという。

CX Enterpriseでは、このAEPがAIエージェントに文脈情報を与える土台として機能する。これによりAIは単発の応答にとどまらず、企業の目標、ブランド方針、顧客の状況を踏まえて動けるようになる。

その中核を担うのが、定義されたビジネス目標に基づいてタスクを実行する新たなAIエージェント「Adobe CX Enterprise Coworker」である。

例えば「クロスセルの成果を3%改善する」といった目標が与えられると、Coworkerは組織内の関連エージェントやツールを束ね、必要なオーディエンスセグメント、クリエイティブアセット、パフォーマンスインサイトを組み合わせて施策案を作成する。承認後はキャンペーンの実行や、目標に対する結果の監視も支援する。

  • CX Enterprise Coworkerのデモ。南仏地域のランディングページへのオーガニックトラフィックが急増しているにもかかわらず、予約(コンバージョン)に結びついていない原因を分析、解決策として対象ページの最適化を提案

    CX Enterprise Coworkerのデモ。南仏地域のランディングページへのオーガニックトラフィックが急増しているにもかかわらず、予約(コンバージョン)に結びついていない原因を分析、解決策として対象ページの最適化を提案

加えて、AIの自律的な活動を安全かつ効果的に制御するため、2つの新しいインテリジェンスエンジンが導入された。

  • Adobe Brand Intelligence: 静的なブランドガイドラインだけでなく、レビュー時のフィードバック、注釈、却下されたアセットなどの定性的情報も取り込み、継続的に学習する。これにより、AIエージェントが関与するコンテンツ制作の出力を、変化するブランドアイデンティティに沿って保つ。

  • Adobe Engagement Intelligence: 顧客に対する次の最適な提案やメッセージ、アクションを導く意思決定エンジンである。クリック率や短期的なコンバージョンだけでなく、顧客生涯価値(LTV)も踏まえて最適化を図る。

30社超と連携し、CXO構想を外部環境へ展開

AdobeはこのCXO構想を自社製品内に閉じず、外部パートナーとも広く接続していく考えである。同日、AIプラットフォーム、テクノロジー企業、エージェンシー、システムインテグレーターとの提携拡大も発表した。

  • 外部パートナーとも広く接続していく考えを示している

    外部パートナーとも広く接続していく考えを示している

開発者ツールやMCPサーバを通じて、Amazon Quick、Anthropic Claude Enterprise、ChatGPT Enterprise、Gemini Enterprise、IBM watsonx Orchestrate、Microsoft 365 Copilotなどの環境から、Adobeの顧客体験インテリジェンスを利用できるようにする。

NVIDIAとは「NVIDIA Agent Toolkit」を活用したCX Enterprise Coworkerの構築で協業し、オンプレミスまたはクラウドで利用可能なランタイム「NVIDIA OpenShell」上での展開を進める。

  • パートナーゲストとして登壇したNVIDIAのジェンスン・ファンCEO。「SaaSのフロントエンドはすべてエージェンティックになる」、「人々は何でも知ってるAIが大好きだが、対価を支払うのは『やり遂げられた仕事』に対してであって『何でも知っているAI』そのものにではない」、「早すぎる必要はないが、遅れる余裕はない」と、エージェンティックAI時代の到来について語った

    パートナーゲストとして登壇したNVIDIAのジェンスン・ファンCEO。「SaaSのフロントエンドはすべてエージェンティックになる」、「人々は何でも知ってるAIが大好きだが、対価を支払うのは『やり遂げられた仕事』に対してであって『何でも知っているAI』そのものにではない」、「早すぎる必要はないが、遅れる余裕はない」と、エージェンティックAI時代の到来について語った

また、Adobeアプリケーション内ではAcxiom、Demandbase、Genesys、RainFocus、SAP、ServiceNowとの新たな連携も進める。決済分野ではAdyen、PayPal、Stripeと連携し、エージェント経由の取引におけるチェックアウト体験の円滑化を図る。

さらに、電通、Havas、Omnicom、Publicis、Stagwell、WPPの主要グローバルエージェンシーや、Accenture、Capgemini、Cognizant、Deloitte Digital、EY、IBM、Infosys、PwC、TCSなどのシステムインテグレーターが、CX Enterpriseを活用した共同展開を進める。各社の業界知見や独自資産と組み合わせることで、顧客企業ごとの要件に応じたエージェント型AIソリューションの提供を加速させる考えだ。